いっしょに子育て しましょう♪

木のおもちゃの効果

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 先週、保育園主催の講演会「おもちゃとはなんだろう~積み木を通して~」笠井廣氏(通称トムテさん)のお話しを聞きました。



 同保育園では同講演は3回目なのだそうですが、私は初めて聞きました。そして、木のおもちゃが子どもの想像力をはぐくむというお話しに、『プラスチック製のヒロー者のおもちゃばかり買ってはいけないのだな』と思いながら帰ってきました。



 「おもちゃには、おやつ的なおもちゃと栄養的なおもちゃがある。」

 

 子どもが欲しがり、私がよく買い与えるウルトラマンのおもちゃは、おやつ的なおもちゃの部類であるらしい。



 「おもちゃも、バランスよく与える必要がある。そうじゃないと、子どもの心が病気になる」そうです。





それから、「クリスマスというイベントを大人は大切にしなければならない。クリスマスは、子どもの心にファンタジーを与えてくれ、子どもが想像力を働かせる良い機会である。サンタさんは、どこからやってくるんだろう。どうやって家の中に入るんだろう。どんなものをプレゼントしてくれるんだろう。子どもがそうしたことを楽しくうきうきしながら思い巡らす事が大切である。」



「出来るだけ長い間、サンタさんの存在を信じさせてあげましょう。子どものファンタジーの世界を大切にしましょう。」笠井さんのお子さんは、小学6年生まで信じていたそうです。



だから、「クリスマスのプレゼントは、子どもの欲しがるものをあげるのではなく、親が子どもにとって良いと思うもの・栄養的なおもちゃを与えるようにして欲しい。もちろん一緒に買いに行くのではなく、親がこっそりと買いに行って欲しいと思う」とのことでした。



「レゴと積み木の違い…レゴは組み合わせると崩れないので、子どもが作り上げたものが簡単に壊れることがない。しかし、積み木は違う。ぶつかったら崩れる。よそ見をしたら、壊れる。集中しなければ積み木はつめない。積む時に緊張する。積めてホッとする。褒められる。そして喜ぶ。また行う。この繰り返しが幼児教育には大切である。積み木を積むという行為は、大人には簡単に出来るが、幼児にとっては難しいものである。‘ずいぶん高くつめたね’などと褒めることが大切である。また、何かをお友達と一緒に作り上げるということも大切である。いつもお友達と何かを一緒に作るということをしていると、そのお友達と同じ価値観を持つことが出来る。大きくなっても良いお友達でいられる。」笠井さんのお子さんは、何人かのお友達と電車のレールを部屋に並べて毎日のように遊んでいた時期があるそうです。そのうちの1人がお子さんのお嫁さんになり、他のお友達も今でも声をかければ集まる良い仲間なのだそうです。



 小学生・中学生になった時、子どもが同じ価値観を持ったお友達を探すのに苦労します。

私は出かけるのがあまり好きではないので、子どもの幼児期に、お休みの日に子どもを他のお友達と遊ばせるということをあまりしませんでした。だからかもしれませんが、どの子どもも同じ価値観のお友達を見つけることが難しいようです。『同じ地域に住み、一緒に育っていく環境にあるならば、親同士が子ども同士をこうした積み木でいつも遊ばせるという行為も必要かもしれない』と思ったのでありました。



 「子どもが遊びに使うものは、本来おもちゃでなくて良い。自然の物でよい。木の枝・布切れ・落ち葉やどんぐりなどの木の実。そういう物でも子どもは工夫する。おもちゃは、人と人をつなげる媒体となるものである。だから、おもちゃでなくても何らかの物を使って、想像したストーリーを話しながら、短い時間でも良いから遊ぶことが大切である。たとえ5分でも良いから、その物を通して誰かと心が通じ合えたという経験が大切である。…今の人たちは、木の枝を子どもが振り回すと危ないと取り上げたり、積み木の角が危ないなどと言うけれど、木の枝の持つ想像性(魔法の杖だったり、剣だったり、いろいろなものになる)が大切であるし、子どもは積み木同士の角と角がぴったり並ぶことの方を好むものである。‘魔法の杖や剣’という想像性を持つ子どもの気持ちをどのくらい汲んであげれるかでその後の子どもの気持ちが違ってくる。ただし、これらの幼児教育の結果が出るのは大人になってからである。」



 「また、ストーリーを子どもと語れるものなら、トランプでもトランプの神経衰弱でも、絵本でもぬいぐるみでも良い。物を媒介にして子どもの想像力を高めて欲しい。子どもが頭の中で映像を描くということが大切。(テレビは映像を見るだけで、頭の中には描けない…見せるのは1日30分くらいにして欲しい)だから、休みの日に連れて行くなら、遊園地ではなく、自然のある川や山などの五感が磨かれる場所にして欲しい。山や川を思い描いた時に、匂い(におい)まで思い出せることが大切で、それが大人になった時にプラスになる。健全な身体が健全な心をはぐくむ。」笠井さんは、お子さんをよく高尾山に連れて行ったそうです。



 「子どもは、ゲームなどの刺激の強いものを与えられると、より刺激の強いものを欲しがるようになる。しかも今の子どもは、やらせると簡単に出来るようになる。しかし、幼児期に必要なのは、ゲームではない。自然とふれあい、想像力・創造力を働かせられるようになることである。」



「子どもは、本当は親の手作りおもちゃの方を喜ぶものであるし、大切にする。クイントゲームなどを作ってあげるのが良い。そこに1~100まで書く。そうすると自然に足し算ができるようになる。」



 「普段おもちゃで部屋が大変な状態になっている場合は、使わないおもちゃは隠し、飽きてきたら入れ替えてあげるのが良い。おもちゃを捨てる時は、必ず子どもに確認してから捨てること。親の判断で捨ててはいけない。親から見るとつまらないみすぼらしいおもちゃでも、子どもには愛着や親と遊んだ楽しい思い出がそのおもちゃにあるかもしれないからである。」

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自己中心的な大人の増加??と自己中心的な子どもの増加?

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 次女の日記に最近の学校での出来事が6ページにもわたって書いてありました。

 

 「学芸会の練習をするのに、1話・2話の練習を朝遊びをやらずにその時間を使ってやってはどうかという提案を先生がした。そうしたら、既に練習を終えている3話の出演者が反対をした。自分たちは遊びを優先したいと12名全員(うち女子7名)がそういう態度をとった。



 『どういう神経をしているんだ?人に対する思いやりとか、学芸会を成功させようとかいう考えは無いのか??自分が良ければ、自分だけが楽しめればそれで良いのか?・・・』・・ということが書いてありました。

 

 『自己中心的な子どもが増えたのか』と思います。 

 確かに、遊びたいという気持ちを持つことはあるでしょう。しかし、それを口に出すことを恥ずかしいと感じる必要があるのではないでしょうか。集団の中において自己中心的である事は、恥ずかしいことであるということを親は子どもに教える必要があるでしょう。



 その後、先生がひとりひとりに「どういう気持ちで遊ぶことに賛成したのか。今はどう思うのか。」を聞いたところ、「自分のことしか考えていなかった。すいませんでした。」と言ったのは2人だけだったそうです。

 

 最近、ネットのニュースでも、自己中心的な大人の記事を目にしました。



学校に対し理不尽な要求やクレームをする保護者以下<産経ニュース2007.11.7 03:37>より



「運動会の組体操のピラミッドで1番上に立つことを楽しみにしていたのに、はずされた」と小学生の保護者がクレーム。「1番上に立った児童より運動能力が上ではないか」とも抗議したという。これについて学校側では、「運動能力が上だからこそ、ほかの児童を支える側にたってほしい」などと保護者と児童を説得したという。



また、小学1年の男児の母親が「集団登校の班長が遅れてきたり、登校の態度が悪いので学校は休ませる」として1週間、児童を休ませたケースを紹介。1年生と6年生の歩調が違うことなどに原因があったため、学校側が集団登校をしている児童を全員集めて話し合いを持つなどして解決したという。



さらに、「けんか相手の子どもを転校させろ」(小学生の保護者)と抗議があったケースや、「うちの子の安全を100%保障しろ」(中学生の保護者)というクレームも紹介している。



首都圏の小学校で昨年、こんなことがあった。



 6年生の児童が友達とけんかした。たたかれて鼻血を出したことに父親が激怒、校長室に怒鳴り込んできた。父親はテーブルの上に座り、校長の胸ぐらをつかんで「学校の責任だ。傷害罪で告訴する」と迫った。



 騒ぎを聞いて集まった担任らは「原因は双方にある」などと説明し、今後は厳重に指導すると約束した。だが、父親は聞き入れず、「お前ら全員辞めさせてやる」と廊下にまで響きわたる声で罵倒(ばとう)した。



 結局、父親に押し切られる形で警察が呼ばれ、教室で現場検証まで行われた。たかが子どものけんかにと、警察も困惑気味だった。「最近の親は、いったんキレると何をするか分からない」と、事情を知る学校関係者が肩をすくめた。



 こんな親は決して珍しくはない。今年8月、首都圏から十数人の小中学校教員に集まってもらい、教育現場で今、何が問題になっているのか、匿名を条件に語ってもらった。複数の教員が真っ先に訴えたのは、無理難題を押しつけて学校を混乱させる、一部の親の存在だった。



 「うちの子をリレーの選手に選べと、脅迫的な電話を1週間もかけ続ける」「校庭の遊具で子どもがけがをしたから、遊具をすべて撤去しろと求める」



 全国の教員らでつくる研修組織「TOSS」の向山洋一代表は、学校に理不尽な要求を突きつける親のことを“怪物”にたとえてモンスターペアレントと呼び、深刻さをこう語る。   「先生を先生と思わず、抗議のための抗議をする親がいる。『校長を土下座させた』『担任を辞めさせた』などと吹聴することもある。モンスターペアレントが一人でもいれば、その学校は崩壊してしまう。」



こうした親に振り回される教員の心労は大変なものだ。文部科学省の調査では、2005年度にノイローゼなどの精神疾患で学校を病欠した公立小・中・高校などの教員は過去最多の4178人。前年度より619人増え、10年前の3倍に達した。この多くが、保護者対応に苦慮していたとみられる。



 昨年6月、都内の公立小学校の新任女性教師=当時(23)=が自宅で自殺した。



 「無責任な私をお許し下さい。全て私の無能さが原因です」。教師がノートに書き残した遺言だ。教師は2年生クラスの担任を任されていた。関係者によれば、死の数日前、親しい知人らに保護者対応で苦しんでいることを打ち明けた。宿題の出し方などに不満をもつ親がおり、執拗(しつよう)な抗議を受けていたというのだ。



 クラスと家庭を結ぶ連絡帳には、この親からの苦情がびっしり書き込まれていた。「あなたは結婚や子育てをしていないから経験が乏しいのではないか」。人格否定の言葉まであった。



 教師が「すみません」と書くと、何がすまないのか具体的に書くよう求め、教師が説明すると、消しゴムで消して「もういい」と突っ返すこともあった。連絡帳を見た先輩教師がその内容に驚き、自ら親に電話してたしなめるほどだった。



 校長や教頭の対応にも問題があった。悩んでいる教師に対し、親に電話で弁明するよう求めたり、誠意をみせるため配布物を各家庭に直接届けるよう指示した。ストレスは増えた。



 関係者は「通常の抗議の枠を超えた親の言動が、教師を追いつめたことは間違いない。校長も守ろうとしなかった」と打ち明ける。



 親による先生への“いじめ”がなぜ、これほどまでに横行しているのだろうか。



強まった教育への「消費者」意識



 理不尽な親が目立つようになった背景はなんだろう。プロ教師の会を主宰する日本教育大学院大学の河上亮一教授は「『国民』を育てる、という公教育の基本理念を見失ってしまったことが最大の要因ではないか」と指摘する。



 河上教授によれば、今の親たちが中学生だった1980年代、学校を取り巻く環境が大きく変わった。個人主義が声高に叫ばれ、制服や校則に反対する“学校たたき”が盛んになった。規律や権威といった公教育には欠かせない要素が次々に失われていった。



 90年代以降になると、親が学校に対して「消費者」意識を持つようになり、逆風は一層強くなった。教育サービスという言葉が浸透し、高い税金を払っているのだから、教員は親のいうことを聞いて当然とする意識もみられるようになった。代わりに、学校や教師に対する感謝が忘れ去られていった。



 こうした時代を過ごした今の親が、「消費者」意識を暴走させたのがモンスターペアレントだと、河上教授はみる。



 さらに問題は、理不尽な親の行動に周囲が引っ張られてしまうことだ。



 数年前、都内の小学校教員が新聞を使った授業をしようとしたところ、ある児童がスポーツ紙を持ってきた。その中に成人向けのページが含まれていたため、教員は使用を控えた。



 そのことを曲解した親の一人が、日ごろの不満もあって「あの教師は変態だ」などのメールを複数の親に流した。



 このことが児童にも伝わった。悪乗りした児童が授業中に「変態先生」と大声を上げたため、教員は児童の頭を軽くたたき、静かにするよう注意した。すると今度は「暴力教師」とのメールが一斉に流された。



関係者によれば、この教員はそれまで、指導力が高いと校長からも信頼されていた。ところが一部の親のメールがきっかけで、児童にあなどられても強い指導ができない“ダメ教員”になってしまった。教員は結局、自ら希望して別の学校に異動した。



 親が身勝手な要求を行い、教員が萎縮(いしゅく)するようになれば、それは学級崩壊につながり、子どもたちに悪影響を及ぼす。



 今年6月以降、東京都港区教委や北九州市教委などが、公立学校で保護者との間にトラブルが生じた際、校長が法律上の問題などを弁護士らに直接相談できる態勢を整え始めた。だが、こうした取り組みはまだ緒に就いたばかりだ。



 公教育は、秩序ある社会生活を営むための学力や規範意識を身につけさせるものだ。昨年12月に改正された教育基本法の前文にも「公共の精神を尊び」という文言が追加された。こうした当たり前の意識が社会全体に欠けていることは否めない。「公共の精神」を考えようとしてこなかったつけは大きい。(川瀬弘至)



 私は、この問題は、親という立場だけの問題であるとは思いません。その人がたまたま親という立場で自己中心的な発言・行動を起こしたということで、例えばその人が患者さんであるならばモンスターペイシェント、お店のお客さんならモンスターカスタマー、職場の上司ならモンスターボス(パワーハラスメント…職場いじめ)になる要素を持った存在であろうと思います。単純に個人の人間性の問題であると思います。自己中心的な大人が増えたと同時に、価値観の多様性容認の風潮、教育や医療などのサービス化の風潮が、個人の価値観にそぐわなかった時に、容易に苦情を言えるようになったことで、いろいろな場所においてモンスターを生み出しているように思います。



 ‘苦情’ということで言えば、親は、言うことが自分の子どもにとって本当に利益のある事なのかを冷静になってあらゆる角度から考えてみた方が良いと思います。上記のニュースの事例においても、通常の神経の持ち主の子どもであるならば、子どもはその後、学校の中で恥ずかしい思いやいたたまれない思いをするのではないでしょうか。



 確かに、学校の先生にだって『??』と思える人だっています。この夏秋我が家も経験しました。「縫い目が気に入らないからと、何度もやり直しをさせたり、好みの色使いにしないとやり直しをさせ、あげくの果てには提出期限を守らないと怒り散らす家庭科の教師」『中3の受験生にそこまで要求するの』『教師であるならば生徒の個性や芸術性を尊重するべきではないのか』と思います。でも、このような先生に苦情を言ったとしても、おそらくこちらの不利益にしかならないように思います。その先生に身についた価値観や自己中心的な言動は容易には変えられないのです。その先生の言動が他人から見れば常識的ではないということをその先生は理解できないかもしれないからです。子どもは、親の言動を常識ととらえて育ちます。しかし、社会の中でいろいろな人と接していかなければならないので、…自分の家族は、自分や子どもは、モンスターにならないように気をつけたいものです。

 

 以下の言葉からも読み取れるように、昔にも自己中心的な人間は存在し、ややもすれば楽な方向に流されやすいのが本性であるのかもしれません。人間性のレベルを高めたいと思えば、自分を律することが必要と思います。

 鎌倉幕府の中枢にいた北条重時の言葉

「いかにも人(の)ため世のためよからんとおもひ給ふべし。行く末のためと申也(もうすなり)。(中略)我が身を思ふばかりにあらず」(人のため世のために、よきことをしようと思いなさい。それが、これからのためになるのだ。自分のことばかり考えていてはいけない)

【やばいぞ日本】第4部 忘れてしまったもの(9)「勉強忍耐」乃木大将に学ぶ 2007.11.15 03:23より

 

 いつもコメントを書いてくださるtomoさんのブログにもこんな大人が登場しています。2006年08月26日めだか」



普段の生活に便利さや高速化が進み、「待てない」大人や子どもが増えていることも、自己中心的なモンスターを増やしているかもしれません。



【溶けゆく日本人】快適の代償(1) 待てない人々 数分間でイライラ 2007.11.13 08:11より



 常に携帯電話でメール交換。待ち合わせでも不安を抱くことはなくなったが…=神奈川県内

 週末の夕方。東京都内の広告会社で営業を担当する佐野裕美子さん(23)=仮名=は、仕事を終えると気の合う友人2、3人に携帯メールを送る。



 「いま何してる?」



 送り終わると、すぐに返信確認。1分、2分、3分…何度も操作を繰り返す。返事が来たら食事に誘う。5分も返事が来なければイライラする。「早く決めたいから、すぐ返信がほしい。自分が待てなくて嫌な思いをしているので、わたしはいつも即レス(即答)です」



 仕事の合間も携帯メールのチェックは欠かさない。佐野さんはそんな自分を見て思う。「(返事が来なくてイライラするのは)自分勝手だし、ケータイに縛られているようでかっこ悪いかも…」



 便利なはずの携帯電話を手にして、イライラと格闘するのは彼女ばかりではない。



 「私用の携帯メールの返信が気になる。地下鉄に乗れば一駅ごとに『センター問い合わせ』をしてしまう」(24歳の女性会社員)、「返信が来ないで5分過ぎると貧乏ゆすりが始まる」(20歳の大学生)-。



 小中学生は「15分以内に(メールを)返さなければ友達じゃない」などと言う。情報モラルサイト「エンジェルズアイズ」の遠藤美季代表は、そんな言葉に違和感を抱く。「返事を待てずに次々と別の子にメールを送り、最初の相手への用件を忘れてしまっていることもある。落ち着いて時間を過ごすのは、格段に下手になったでしょうね」



 シチズンホールディングスが平成15年、首都圏のビジネスパーソン400人を対象に行った「待ち時間」に関する意識調査。通勤電車の遅れが「5分」でイライラするという人は10年前の17・6%から56・6%へと急増した。加速する“せっかち度”が各所で摩擦を引き起こす。



 懐石や鍋のコース料理がメーンの神奈川県内のある日本料理店。落ち着いた雰囲気が売りだが、店長(33)は「お客さまと店側の時間意識のズレ」に頭を悩ませる。前菜に始まりメーンの料理を提供するまでの所要時間は「昼10分・夜15分」と決めている。しかし、時間内にスムーズに料理を出しても苦情が入る。テーブルセッティングのための1、2分の時間すら待てない客もいる。受付で「少しお待ちください」と言うと、「待てるか!」と声を荒らげ、トイレに入った連れの女性を残したまま帰った中高年男性もいた。



 哲学者の鷲田清一・阪大学長は『「待つ」ということ』(角川選書)の中で、「ものを長い眼で見る余裕がなくなった」と高速化が進む現代社会の病理を憂えた。



 「子どもの成長を親がじっくり待てない」。東京都内の私立保育園。30年近いキャリアを持つ保育士がそう感じるようになったのはここ10年ほどのことだ。



 3歳児に母親の絵を描かせると、首がなく顔とスカートが直結した絵を描く子も少なくない。そんなとき、以前なら「みんなと描いて楽しかったね」などと温かく見守る親が大半だったが、最近は様子が違うという。「横から『そうじゃないでしょ』といって子どもをせかす。せかされた子どもは萎縮(いしゅく)して弱々しい線で小さな絵を描いてしまう。じっと見守っていれば、じきに普通の絵を描けるのに…」と保育士。情報が氾濫(はんらん)し、他の子どもと比較して焦る親が増えたのだという。


 

 国内のインターネット利用者が初めて1000万人を突破した平成9年。博報堂生活総合研究所は「直訴する社会-待てない人々・触れたい人々」というリポートで、利便性の向上を指摘する一方、すぐ結論に飛びたがる▽我慢強さの低下-といったマイナス面を挙げ「待てない人々」の増加を予見した。



 それから10年。コミュニケーションツールはさらに高性能になり、「宅配便の配送状況やバスの待ち時間もネット上で確認できる。漠然と何かを待つことはほとんどなくなった」と、リポート作成に携わった知識創造工房ナレッジ・ファクトリーの林光代表は話す。



 目白大学の渋谷昌三教授(社会心理学)は、そんな「待つ必要がない社会」の到来を複雑な思いで見つめる。「パソコンや携帯を駆使して即座にほしい情報が引き出せる。だから、物事がさくさく運ばないと耐えられずに、暴力的な言動に出てしまうこともある。『待たせない』サービスに慣れすぎたがゆえの皮肉な現象かもしれません」(海老沢類)

                   ◇

【メモ】シチズンホールディングスは平成15年に首都圏のビジネスパーソン400人を対象に「待ち時間」意識調査を実施した。各項目で、最も多くの人がイライラすると回答した待ち時間の“リミット”は次の通り。

・総合病院30分

・通勤時の電車の遅れ5分

・スーパー、コンビニのレジ3分

・パソコンが立ち上がるまで1分

・インターネットのコンテンツにつながるまで10秒



いくら世の中や生活が便利になったとしても、子育ては、あせってはいけません。親があせると子どもの心にねじれが生じます。子育ての援助の効果は、すぐには出ません。今やってあげていることは、子どもがもう少し大きくなった時や子どもが大人になった時に効果が現れたり、役に立つものだという考えを持って、いっしょに子育てをして行きましょう。o(^-^)o



『待ちの姿勢』



2008年2月5日追記

 子どもがキレやすいという現象は、キレる大人の増加に影響されているもののようです。産経ニュース【溶けゆく日本人】蔓延するミーイズム(1)キレる大人たち 増え続ける“暴走” 2008.2.4 08:08



2009年4月14日追記



『「育てにくい子」と感じたときに読む本』 児童精神科医佐々木正美氏著 2008年7月主婦の友社発行には、「自己中心的で幼い人は、乳幼児期に大切なものを得ることができなかった人」と書いてあります。



「人は誰しも、乳幼児期、児童期、青年期、壮年期、中年期、老年期という順序で成熟していきます。そして、その時期その時期に与えられるべきもの、すべき経験というものがあるのです。成熟に飛び級はありません。もしもその時期に積み残した課題があると、それが後々の発達に影響をもたらします。それは子どもだけに限りません。



乳幼児期の問題を解決できないまま老人になると、周囲の人に文句ばかりを言い、不満があると人のせいにし、家族からもうとまれるような存在になります。



人間の育ちの中で、最も大事なのは乳幼児期です。この時期に誰かに全面的に受容されることが、将来の成熟という意味においてとても重要です。もし乳幼児期に受容されなかったとしても、成長の過程で親や親に代わる人、恋人や配偶者に愛情を注いでもらうことができれば、そこで愛情を補充して成熟することができます。反対に、年齢を重ねても十分な愛情を与えられず、人との関係にやすらぎを感じることができなかった人は、老齢になってもなお自己中心的で幼いのです。



人間関係に不満と絶望を感じている人は、人には優しくはなれないのです。不足した愛情を補ってあげることが必要です。」



自己中心的な子どもや大人にしないためには、乳幼児期の家族の愛情たっぷりの育児が大切のようです。

『子育てのポイント』教育委員会所属の心理士さんの子育てについてのお話

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 先週は、息子が通う保育園主催の講演会でした。23年くらい心理士としてカウンセリングに携っていらした方のお話でした。(現在、区教育委員会教育指導課所属)



 子供は、親にとって良い子ではいけない。親にとって都合が良い子が真の良い子ではない。

 子供は、本来親に反発をし、親から自立する存在である問題を自分で解決する力を持ち、自分のことを好きで信じられる子供は、自分で自分の歩む道を決め、自分で自分の生活を支え生きていく。それが本当の良い子の姿である。

 しかし、自分のことを好きと思えない子は、自分のことを信じられず、他人の言うことに左右されやすくなる。親の望む方を選ぶようになる。



 母親は、子供のために自分の人生を奉げてはいけない。子供を生き甲斐にしてはいけない。子供は、母親が自分を生き甲斐にしていることを知ると、子供は‘母親が喜ぶことに喜びを感じる’ため、子供は母親から自立しなくなる。

 

 逆の立場で考えてみて欲しい。もしも自分が自分の母親に「私の人生はあなたを育てることだけに費やされた」と言われたとしたら、ものすごい重み・重圧を感じるのではないだろうか。自分の子供にそのような思いをさせてはいけない。子供の人生に、自分のやってきたことの責任まで負わせてはいけない。

 

 そのためにも、母親は、自分のための時間を少しでもつくっていく必要がある。母親が自分の人生を楽しめるものを見つけて・持っていなくてはならない。

 

 また、子供は、母親が寂しそうにしていると、母親と一番の仲良い存在であろうとするから、ますます母親のそばに居ようとする。自立しなくなる。母親は、「自分にはお父さんが居るから、あなたたちは自分の好きな人を見つけて早く出て行きなさい」などど、父親と仲良く生きていこうとする姿勢を常に子供に見せていく必要がある。シングルマザーの方の場合は、好きな人を見つけて、いきいきと楽しく人生を過ごしている姿を見せてあげた方が子供の自立にとっては良いと思われる。・・とのことでした。



 以下は、頂いたプリントの内容と補足です。



1.子育てが大変な理由…自分の時間が無くなる。



2.子供が表現する問題とは?

   友達が出来ない子・ひきこもる子(父親との直接会話を長期間していないことがある)・キレる子・パニックになる子・失敗の出来ない子・落ち着きの無い子・リストカットする子(小学生でもあり…自分の存在を悪い子と思う発想。自分に罰を与えている。温かい血を見て自分は生きていると思う。)・命を大切に出来ない子



3.子供のメッセージ

   友達に完全を求める子(自分を完璧にしたい子・友達ができない・友達とけんかや言い争いをしても仲直りの方法を知っていれば、自分の考えを友達にぶつけてけんかが出来る。大切なのは、仲直りの方法を知っていることで、そうすれば、自分の気持ちを相手に伝えることやお互いに意見をぶつけ合うことがこわくなくなる。けんかのルールを知っていること…相手が謝ったり降参という態度を示したら、そこでけんかは止めなければならない。このルールをきちっと教えておかないと、事件を起こす可能性がある。)・社会への恐怖・感情のコントロール・失敗を避けるために嘘をつく・自分を傷つけることで得る安らぎ・自分へのコントロールと愛情の飢餓・自分を信じられない・自分を嫌い(自分を好きかと聞くと、半分くらいの子供しか好きと言わない。自分を大切にする子に育てる。自分の感情を素直に表現できる子供に育てる。…楽しいことは、楽しい。悲しいことは、悲しいと子供の前で、親が表現する。「うざい」は、「悲しい・寂しい」という感情を上手く表現できないために使われる。子供の感情表現を麻痺させている。だから、感情が爆発するとキレるという状態になる。)



4.子供の求めるもの

   親からの愛・安心感・理解してくれること・抱きかかえ(子供の問題行動は、親へのメッセージである事が多い。親に求めているものがある親のちょっとした行動の変化でおさまる。子供が何か言ったら、聞いてあげて、「そう良かったね」の一言で良いので応えてあげる事が大切。兄弟けんかの一部には、親にこっちを向いて欲しいというものがある。兄弟だけの時の方がけんかしない。自分が忘れられていると思う時「お母さん、お母さん」と言う。お母さんに抱いてもらうことは、何十回の愛情表現の言葉よりも安心感があるし、説得力がある。)



5.問題を解決できる子供にする

  

①父親に出来ること

・子供と会話しましょう(「最近どう?」ではなく、「・・ちゃんはどう?・・先生はどう?」と、具体的に聞けるようにならなくてはいけない。)

・子供を抱きしめましょう

・問題や相談の裁判官や検事にならないようにしましょう(男性は、答えを出す必要がなくても、結論を出そうとするから、必要の無い説教をしてしまう。だまって話しを聞くことが大切。)

・奥さんに時間をつくってあげましょう

・奥さんの話を聞いてあげましょう

・子供をほめましょう。他の子供と比べない

・奥さんに愛情表現をしましょう





②母親にして欲しいこと

・1日5分以上子供の話しを聞いてあげましょう(間違っていることでも「そう思うんだね」と納得してあげる。頭ごなしに否定しない。)

・子供を1日1回抱きしめてあげましょう

・子供に絵本を読んであげましょう

・子供は大人と同じように理解できないことを知りましょう(A=B=CゆえにA=Cと理解できるのは、小学校2~3年生である。…確かに5歳の息子には理解できなくて、小2の三女は理解していました…同じ量の水を、形の違う入れ物に入れても、水の量は同じであると理解できるのも、小学生になってからである。)

・自分の時間をつくって楽しみを持ちましょう…子供を生きがいにするのは止めて

・自分を好きになりましょう

・頑張り過ぎないようにしましょう



6.叱り方

①自分の感情で叱らないように気をつけましょう

②夫婦で同じように叱らないように分担しましょう(「お父さんはあなたのことが大好きだから怒ったんだよ」と母親がその日のうちに伝えること。母親が怒った時は父親がフォローをすること。)

③叱った出来事と存在は別である事を伝えましょう(悪いことをしたことはいけないが、あなたは大切な存在だ)

④間違って叱ったら謝りましょう

⑤いつまでも叱ることは止めましょう(叱りすぎたと思ったら謝る。子供の心に傷を作ったと思ったら、その後のフォローが大切。あんなに怒ったのは、愛しているから・大好きだからということを理解させる。)



7.子供に言わないで下さい

「あなたはいつもそうなんだから」

「どうせあなたは~だから」

「世の中は・・・」

「常識よ」

「信じられない!」

「この子は~ね」

「みんなあなたのことは~と言っているわ」

「ダメね」

「バカ」



8・親として

①相談できる人を持つ(自分の感情をコントロールするためには、自分の感情を表現できる場所・人を持つことが大切である)

②親が毎日を楽しむ

③夫婦の関係を大切に

④「愛してる」って言いましょう。子供に…夫に…奥さんに…



『子育てのポイントのまとめ』ですねo(^-^)o

最近の息子の保育園生活の話

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 2007年11月09日追記

 昨日は息子の保育園の保護者会でした。

 「4歳から5歳になる時期(年中)は、子供の遊びの考えがころころ変わり、今このお友達と遊んでいたと思ったら、次は別の遊びをしているということがよくあります。だからたまたま瞬間的に遊ぶお友達がいないということもあります。子供の中にその瞬間のことが1日のうちで印象強く残ってしまうと、‘だれも遊んでくれない’という訴えもあるかもしれません。お子さんの話も聞くと同時に、連絡帳や直接でもその時の状況を担任に確認するようにしてください。この時期は、子供が訴えるほど深刻な状況ではないことが多いはずです。この時期の子供たちは、自分の興味のある事を中心に遊びます。鬼ごっこをしたいお友達は、したい同士で集まります。ドッチボールがしたければ、例え年長さんのみが参加している遊びでも、参加してよいと言われれば参加します。特定のお友達と遊びたいということはまだ少ないのです。」



 「うちの子は、夜寝る前に‘だれも遊んでくれなかった’って、ぽろっと涙を流すんですよ。お友達が遊んでくれないのか心配しています。」という声が意外に多く聞かれたため、保育士さんが上記のようにお話ししてくれました。『なるほど』という感じです。



 我が家の息子は、よく「保育園に行きたくない」と不登園をすることが多いのですが、だれも面倒をみてくれない休めない日はおとなしく登園するので、大人だって職場でいろいろあって行きたくないと思う事があるように、子供にだって『いろんな日があるさ』と私自身はあまり気にも留めていませんでした。長男長女を今育てていらっしゃる方には、特に気になることであったようです。



 さらに、皆さんのお話を聞いていると、子供というのは、いかに‘自分の都合の悪いことは言わない’かというのが分かります。我が家の息子も、お友達や先生に「おばさん」や「めがねざる」などを言って皆から攻められたり、「だれのこと?」と言われて『しまった』と思い泣くということが何度かあったらしいのですが、そのことについては初耳でした。



 心理士さんが、「‘失敗する自分を悪いこと’と思うように育ててはいけません。失敗はしても良いのです。その失敗を解決する能力を持てるように育てれば良いのです。お友達とけんかや言い争いをしても良いのです。自分の感情や思いをお友達に言えるようになることも大切なのです。そして、さらに大切なのは、お友達との仲直りをする方法を身につけることです。‘ごめんなさい’と言えることです。」とおっしゃっておりました。



 だから、私は息子に「子供なんだからついつい言っちゃうことだってあるよね。良いよ、言っても。でももし言われたお友達が悲しんでいたり、怒ったりしたら、その時はごめんねを言おうね。」と教えました。ま、私的には、おばさんと言われただけで先生に言いつける方が『?』と思うところです。おばさんという言葉を否定的にとらえる感受性も考えてみればおかしいでしょ。そんなことだから老人の存在だって否定的にとらえられる国になってしまうんですよね。



 そうそう、そういえば、この時期の子供たちは、自分の気持ちを言い返すということが段々に出来るようになる時期なのだそうです。何か問題が起こった時に、すぐに「先生」と言いに行き先生に解決してもらい自分の気持ちをすっきりさせるという姿勢から、自分で言い返して自分の気持ちをすっきりさせようとする姿勢に成長する時期なのだそうです。だから、問題もこじれることが多いのだそうですが、自分の感情を言葉で表現しあうこの姿勢を見守ることが子供の成長には必要で、段々に子供たちだけで解決できるようになる一歩なのだそうです。



 子供同士のけんかを見守る時、親はどの時点で口を出せばよいのか・・・それは、どちらかが「ごめんね」と言ったり、「降参」という表現をしたら、それでけんかはやめるというのがルールであるので、その時点で止めさせて、ルールがある事をきちっと教える必要があるそうです。この頃からきちっと教えないと、暴力ではなく言葉でけんかするように・できるように教えないと、将来限界を超えた事件を起こす可能性につながってしまうそうです。



 さて、話しは変わりますが、保護者会では、「子供がこんな事が出来るようになった」という話がつきものです。昨日も「補助無しの自転車に乗れるようになった」というのが話題にありました。我が家の息子も2回くらいは練習しましたが、まだ乗れませんでした。聞いていくと、どうもまだ乗れないのは残り2名かもしれないと思われました(そのうちの1人が我が家の息子)。

 家に帰って息子に、「どうも自転車に乗れないのはくんと息子だけになったようだ」と話しました。

 今朝息子は、「今日は保育園をお休みして、自転車の練習しに行く!」と言い出しました。実は今日は、保育園ではちょっとした行事があり、息子はその出し物で一番最初に行い、皆がその後に続くという大役を任せられていたらしく、担任の先生には「できれば来てもらいたい」と言われ、園長先生には「この年頃の子供は、経験した行事を共通の話題とするので、その話題を一緒に楽しめるように、参加して欲しい。」と言われました。しかし、息子の意思は固く、保育園はお休みしたのでした。



 私的には、『皆の前で堂々とやり遂げることも息子の自信につながるし、先生の期待にも応えられて名誉なことではないか。自転車は今日でなくてもよいだろう?』と思うわけですが、息子の思いの中で大事なことは、『自分が自転車に乗れるようになる最後の一人になりたくない』ということで、『それは私の仕事が休みである今日でなければならない。そうじゃないとお友達の方が先に乗れるようになってしまう。それは嫌だ。』という思いの方が強かったようです。保育園の行事の方は、突然だったかもしれませんが、お友達に機会がまわり、きっとお友達の成長に役立ったのではないかと思います。



 補助無しの自転車に乗るということは、私が息子に対して初めて頑張らせるということをしたことで、先日の練習でも息子は、『なかなかうまくできない』という苦い思いを味わっていました。息子の中にも頑張るという気力も少なかったので、集中力もあまりなく、いじけてすぐに練習を止めていました。お姉ちゃんたちにアイデアをもらったり、実際に手伝ってもらったりもしましたが、私自身『息子のやる気を上手く持続させるのは難しいな』と感じていました。



 今日はそんな息子がやる気を出したという訳です。「乗れるようになるまで帰ってこないからね」と言い聞かせ、私の腰が痛くなるので骨盤にトコちゃんベルトを締め、自転車の乗れる公園に行きました。平日の午前中だったので、小さい子供が数名しかおらず、広いスペースを自由に使うことができました。子供というのは不思議なもので、強固な意志のお陰か15分くらいでなんとか一人で乗れるようになっていました。近くにいたよそのおばあちゃんにも拍手をしてもらい、一緒に喜びを分かち合ってもらいました。息子は、「とっても幸せな気分だ。ママと天竺にいる気分だよ。風が気持ち良い。」と言っていました。今まで出来なかったものができるようになり、何かさとりでも開けたようなすがすがしい気分だったようでした。それから1時間くらい、もっとスムーズに乗れるように一人で頑張っていました。何度となく転んでも痛みに耐えながら頑張っていました。こんなに自ら頑張っている息子を見るのは初めてでした。



*天竺(てんじく)・・インドの旧名。西遊記で目指すゴール地点。



 パパに洗面所で入浴させられている乳児期の息子

15歳の主張「自分の道」

Posted by familysdream on   0  0

 先日、「自分の子供が就職する会社に親が訪問をする」というのをテレビで見ました。

なぜ親が子供の就職する会社へ訪問するのかというと、就職内定を辞退する理由に「親に反対されたから」という人が多いので、会社サイドが「親にも会社のことを理解してもらうため」とのことでした。

 

 「就職について親に相談するか」というアンケート調査の結果では、約70%の人が「相談する」と答えていました。相談することは良いと思います。けれども、例え親が反対したからだとしても、最終的に辞退すると決めたのは親ではなく、自分自身なのだから、断る理由として「親に反対されたから」というのはおかしいのではないでしょうか。例えそれが事実だとしても、自分の言葉に置き換えて「自分の考えと合わなかったから」や、「別の会社の方が自分の能力をいかせそうだから」などと言い方を考えるべきなのではないかと思います。



 そしてまた、もう一つ考えたことがあります。それは、自分の道を決める時に、親に相談をすることは大切ですが、必ずしも親の意見を反映させる必要はないのではないかということです。



 私は、小学5年生の頃に、将来なりたい職業がただ漠然とですが見つかりました。きっかけはいろいろとありますが、一番影響を受けたのは親との会話だったと思います。今になって考えると、私がどんなにその職業に興味をもっても、その事を親に話していなければ、興味は一時的なもので終わっていたような気がします。先が見えない時、少しの会話でなにかしらヒントをくれるのは親です。だから親と相談することはとても大切だと思います。



 しかし、時には自立することも必要なのではないでしょうか。自分が大きな決断をした時に、親に反対されてもそう簡単には了承できないものだと思います。就職にしてもそうです。一生の職になるかもしれない仕事を決める時に、親に反対されたとしても本当にやりたいと思う仕事なら、自分の意思を尊重するべきだと思います。そうすれば、たとえ途中でうまくいかなくなったとしても、試みないで諦めた時よりも後悔が少ないと思います。そして、自分の力で他の道を模索しようという意欲も持てるのだと思います。

  

 自分の道を決める時、本当にやりたいと思うものが見つかることはとても幸せなことだと思います。ですから、そんな時には、その気持ちを大切にして、自分の決断に責任を持ち、時には自立のできる大人に私たちはならなければいけないのだと思います。





これは、今日長女が中学校の*周年記念式典で発表した意見文です。

 

 式典には、第9回卒業生の落語家・三遊亭圓窓(えんそう)師匠の特別講演がありました。師匠は、「私は、高校を卒業後、親に一言も相談することなく落語家になる道を選びました。そのかわり、何があっても愚痴は言うまい。自分の選択に責任を持とうと思ってやってきましたね。・・」とおっしゃっていました。



 その他には、「人間は、おぎゃっと産まれた瞬間から‘好きと嫌い’の感情が備わっている。しかし、それだけではダメ。‘良い悪いの判断力’をつけないといけない。今日、いろいろな事件が報道されるけれども、‘良い悪いの判断力’を持たずに大人になっている人がそのような問題を起こしている。勉強をして‘良い悪いの判断力’をつけて欲しい。今時は、TVやパソコンなどで見聞きする時間の方が多くなっているように思うが、人とのコミュニケーションの時間を多くして、話す聞く思い描くという事を多くして欲しい。それが、判断力をつけることに役立つ。



 それから、あなたたちも将来は私のように老人になるのだから、老人を敬わなくてはいけない。最近、老人と思える人でも、老という字を嫌う人が多い。中国では年輩の人を老師と呼んで敬う。日本人も、老人は老人であることを堂々と表現し、若者は老人を敬う姿勢を取り戻さなくてはいけない。」 ということをおっしゃっていました。







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