いっしょに子育て しましょう♪

‘しつけ・励まし’の仕方・「心の豊かさ」 上手な叱り方 NO2

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2007年10月30日追記

上手な叱り方・・福島脩美氏(東京学芸大学教授)を見つけました。

ほめる事が優先で、叱るのは必要最小限にとどめるのが上手な育児の仕方だと思いますが、叱ることが必要な時は上手に叱るテクニックを知っておくと、子どもの心をゆがめることなく素直なままに育てていけるのではないかと思います。

幼児http://www6.big.or.jp/~1happy/5pointyouji.htm

小学生http://www6.big.or.jp/~1happy/5pointsyogaku.htm



2007年09月12日追記

米倉けいこ氏(心理カウンセラー)敬愛ビジネス学院コラム・子育てを楽にする方法より



「人は、同じ出来事に直面しても、悲しむ人もいれば怒る人もいます。物事に対する感じ方や考え方、行動の仕方は自分で決めたパターンがあります。」



同じように育児をしていても、‘どうしてうまくいかないんだろう’と自分を責めて落ち込む人もいれば、‘全て思い通りに行く訳も無いのだからこの程度でもok’と思える人がいます。



米倉氏は、この感じ方や考え方・行動の仕方のパターンは、子供の頃の親や周りの人々の育児の仕方に影響を受けているとおっしゃいます。かつて、米倉氏も以下のような問題を抱えていたそうです。



問題

「子どもにイライラする」

「子育てが上手くいかないと逃げたくなる」

「気に食わないと、つい子どもを責めてしまう」



その時の感じ方や考え方・行動の仕方のパターン

「もし、ちゃんと出来ていなければ自分はダメだ。認められない。」



「私が子どもの頃、私の母は優秀だった兄ばかりほめていました。また、ピアノの先生からは、上手く弾けないと手をピシャリと叩かれたものです。私は、こうした経験から、ちゃんと出来ていない時に‘自分はダメだ。認められない’と落ち込むようになったのです。



子どもは、兄弟、友達など誰かと比べられることがとても辛いのです。出来たら認められて、出来ないと認められないのが、悲しいのです。腹が立つのです。ちゃんとしなくても、おりこうさんにしなくても認めて欲しいのです。



‘がんばっても、がんばらなくても、ちゃんとしても、しなくても、人の役に立たなくても、人に必要とされなくても私はダメじゃない’と考えられるようになったことで、・・落ち込むことが減りました。子どもに素直に謝ることが増えました。(まだ、謝れない時があります)‘自分でいいんだ’という自己肯定感が増してきました。それで、緊張することが減りました。自分に優しくなりました。子どもや夫に少し優しくなりました。



・・・ 母親がラクだと、子どもも父親もラクになりますね。

子どもは、親に認めて欲しいのです。可愛がってもらいたいのです。兄弟で比べられたくないのです。褒めてもらいたいのです。

お母さん、子どもを誰かと比べず、子どもがどんな状態でも‘あなたが大事。大好きよ。’と受け入れてあげてください。

そして、お母さんもいいお母さんでなくても、ちゃんと出来なくでも、一生懸命やっている自分を認めてあげてください。」



 今同じような問題を抱えている方は、御自分の考え方のパターンを変えた方が楽に生活していけるかもしれませんね・・。また、上記のような子どもへの接し方が、落ち込みやすい子どもにしてしまうかもしれないということも知っていると、予防できて、明るく前向きな子どもに育てることができそうですね。o(^-^)o



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親としての広い心

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 先日、食料品店の前を自転車で通りかかった時、その店の前に3歳くらいの子どもと母親がいました。

  母親は子どもとお店に背を向け携帯電話で話中でした。

 ‘ドスン’という軽い音がした時、その母親は超大きな声で「なんてことするの!!」と叫びました。見ると、子どもがお店の商品に触り、その商品が袋のまま地面に落ちたようでした。インスタントラーメンが5つくらい入った袋のようでした。

 私は、その子どもを『かわいそうだな』と思いました。『母親と同じようにキレる子どもにならなければいいけれど・・』『自分に自信が持てる子どもに育つといいな・・』とも思いました。



 私から見れば子どものしたことは全然たいしたことでありません。母親に大声で怒鳴られるくらいのことはしていないのです。むしろ母親の方に、子どもを見ていなかったし、手をつないでいなかったという配慮不足がある訳です。しかもお店の前の道は狭い上に車も通るし自転車も通ります。子どもから目を離すことはとても危険と思われる場所なのです。子どもがお店の商品に興味を抱いて手に取ることも予測可能なことであります。



それなのに、全ての責任を子どもに押し付けた母親の叫びは、『子どもの心の成長に何らかの影響を与えるのではないか』と思えるものでした。このようなことが無意識に日常的に行われていたらと想像して、その子どもに同情してしまいました・・・。



 落とした商品によっても違うとは思いますが、この場合は、落とした袋をティシュで拭いて、「すみませんでした」と元の位置にもどしておくだけで良いのではないでしょうか・・。母親がそうすることによって、子どもも触ってはいけなかったと感じるし、同じ場面での対応の仕方を学ぶことが出来たのではないでしょうか。



 また、怒る前に、普段から‘お店の商品を触ってはいけない’ということを子どもが理解できるように教えていたかということが問われると思います。教えていなかったら、子どもにとっては常識となってはいないので、怒られた理由も理解できていないかもしれません。

 

 しかしこの場合は、しかるのではなく、お店の人と子どもの間に入り、『子どもを親として‘守ってあげる’という態度の方が必要なのではないか』と思ったのでした。



 私もこのブログに書いていることを全て上手に出来ているわけではなく、思春期の子どもには「その一言がうざい」「今やろうとしている所だったのに、やる気を無くす」などと言われたりもします。別のことに気をとられていて、5歳の息子に「は!?聞いてないし!」と言われたりもします。なかなか自分の描く理想的な母親像に近づけません。自分で書いたブログの一番の読者は実は自分だと思います。何回も読み返しながら、心の広い人になれたらいいなと思っています。o(^-^)o



リンクさせて頂いている親野智可等先生の『親力』「共育」コラムに、しつけについての考え方がありました。お読み下さればと思います。



『にいちゃん、ぼく反省しきれません。』柚木真理氏著 1998年ポプラ社発行の本があります。

 昭和の時代の2人の兄弟を中心とした家族のお話が描かれています。

 些細なことは気にしない大らかな子育てがそこにあります



 この本は、弟から見た家族の視点で書かれています。

<父さんの災難>では、そそっかしい兄が庭の池の水を入れかえている時に、父親の上をまたいだ瞬間に大鍋の柄が抜けて父親に全部水がかかってしまいますが、父親は「ああ涼しかった」と言い、「秋の終わりなのに言った父さんはさすがだ」と、子どもに感じさせています。



<一生の思い出>では、「お願いだから、母さんが学校に行く日くらいは廊下に立たされないでおくれ。」という母の願いもむなしく、役員会のために訪れた母の前に兄弟2人が立っており、その話しを聞いた父親は、「3人が学校でそんな会い方をするなんて、めったにあることじゃない。一生の思い出になるぞ。」と、ほめたのだそうです。



 父さんは、よいことでも悪いことでも、一生の思い出になることをするといつもほめてくれるんだ。この前も兄ちゃんがほめられた。兄ちゃんは学校で先生に怒られる前に、自分から廊下に立つんだそうだ。その日も先生が「今日は・・」っておっしゃった途端に廊下に出て行ったら、先生があわてて、「今日は宿題を出していないよ。」と言いにいらしたそうだ。それを聞いた父さんは、「なかなかおもしろい経験ができたな。」と、たいそう兄ちゃんをほめた。



<二升酒>兄ちゃんにはとっても探究心がある。どんな事でも疑問に思ったら、自分で実験して確かめてみる。たとえば猫にお酒を飲ましたらどうなるか。お酒を牛乳に混ぜて飲ましてみた。そして兄ちゃんが猫の目をじっと見たら、いつもなら目をそらすのにグッと見返す。なおも兄ちゃんが近づいて猫の目を見続けたら、猫になぐられた。それを見てた父さんが、「酒癖の悪い猫だ。」と笑っていた。

 酒といえば、この間の日曜日も兄ちゃんの探究心につき合わされた。また寄席で聞いてきたらしい。「父さん、貯水池にお酒を入れると、水道からお酒の味の水が出てくるんだって。なかなか科学的だよね。ぼくも試してみたいなあ。」「そうか、じゃ試してみよう。」・・・ぼくたちは電車を乗り継いで、東京都民の貯水池である多摩湖まで行った。途中の酒屋で一升瓶を2本買って、・・・やっと多摩湖について、兄ちゃんがお酒をドボドボと湖にそそぎこんだ。顔が期待と興奮でワクワクしている。湖にそそぎこむと、ソレッとばかりに家路を急いだ。・・・家につくやいなや水道の蛇口をひねって、兄ちゃんがコップになみなみと水をくんだ。ひと口飲んでみて、アレッという顔をしている。・・・「父さん、いつもの水と同じ味だよ。」「おや、そうかい。残念だったなあ。」と父さんは言った。お酒の大好きな父さん、あの二升のお酒飲みたかったんじゃないかなあ。



<亡き母をしのんで>は、担任がお休みの日、新任の先生の指示で『母』というテーマで兄が作文を書くことになった。兄は何を思ったか『亡き母をしのんで』という題で書き始め、書いているうちに悲しいことがいくらでもつらつらと書けてしまったそうだ。その作文に新任の先生が感動し、わざわざ家を訪ねてきた。ところが母は、先生の感動の様子に、今更生きているとも言えず、つい、「甥がいつもお世話になっています。」と言ってしまった。・・・ぼくは入り口で父を待ち、状況を説明した。・・・なんと父は母に向かって「いつも姉さんすみませんね。」と言うではないか。・・・



この本を購入しようと思ったのが<にいちゃんの家出>です。たまたま開いたページがここで、1行読んだ途端に、大笑いしてしまいました。楽しい子どもです。



 ぼくが学校から帰ってきたら、兄ちゃんがポチの小屋に寝ていた。その横でポチが迷惑そうな顔をして座っている。人間の言葉がしゃべれたら、『なんでこいつが俺の小屋で寝ているんだよ。』というところだろう。・・・「父さん、兄ちゃん家出したよ。」「ああそうか、家出さしとけ。」と全然取り合ってくれない。・・・近所の人たちはうちのことをよく知っているから、さほどびっくりもせず、・・・「はい、えさだよ」と差し入れを置いていく。・・・母さんは「・・・あんなに食べておなかこわすと面倒だから、あなたなんとかしてくださいよ。」「よし、わかった。」父さんがどうするのかと思ったら、「えさを与えないでください」と犬小屋に張り紙をした。・・・



私の記事の‘乳幼児期に大切なこと’で小学校の校長先生のおっしゃった‘親自身のユーモアのセンスをもつ ’は、この本の父母ようなのセンスもその1例ではないでしょうか。楽しい子育てのヒントがここにあるように思います。この本を読んで笑うと、気持ちがとても軽くなります。

o(^-^)o

祖父の死

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 中3の娘が、国語の授業の中で祖父の死について書いていました。テーマは「安楽死」のようでした。



 私は、3年くらい前に、病気で祖父を亡くしました。私は祖父が入院している間、何度も病院へお見舞いに行きました。ある日、私がゴミ箱をのぞいて見ると、薬が捨てられてありました。どうやら病院嫌い、薬嫌いの祖父が捨てたようでありました。そこで私は迷いました。祖父の腕は何度もうたれてきた点滴によって青く染まっていたことを私は知っています。そして体格の良かった祖父がうそのようにやせ細ってしまったことも知っています。人にもらすこともなくたえてきた祖父に、もう完全に治るとは言えない病気と頑張って闘えとは言えない私がいました。

 

 それから何ヶ月かが経って、お医者さんから「今日が山でしょう」と言われました。私はこれまでの祖父との思い出を思い出しながら、1日中祖父のそばにいました。心配な気持ちを残しながら、その日はいったん家に戻ることになりました。翌日病院にいってみると、祖父は昨日と変わらずにベッドに横になっていました。祖父の手足さわってみると、ひんやりとつめたくなっていました。私と母は手であったかくなるようにさすり続けました。一度、ピーと機械の音が鳴った時、「おじいちゃん」と私たちが叫ぶと、音は鳴り止みました。そしてしばらくしてもう一度ピーという音が鳴り、私たちが呼びかけましたが、もう鳴り止むことはありませんでした。

 

 もう一人で歩くのがやっとという時に、祖父は大好きなお酒を自分で買いに行って飲んでいたそうです。その時の祖父の一言、「死んでからじゃ飲めないからな」ということと、「お花なんかいらない。だから(病気が)悪くなったとしても飲ませろ。」という言葉がずっと頭に残っています。

 一般的に「安楽死」の選択は否定されているかもしれません。しかし、私はそんな祖父を見ていて、好きなことをして楽に死ぬことを許すことも良いことのように思えてしまいます。



‘子供から見た祖父の死’というものを、先ほどこれを読んで初めて知りました。薬がゴミ箱に捨てられていたなんて知りませんでした。今日は思いもかけず父の死と向き合ってしまいました。

 

 私の父はお酒も煙草も甘い食べ物も大好きだったので、肝臓も肺も悪くなっていましたが、決定的だったのが脳梗塞で、特にどこかが明らかにつまって麻痺で動けなくなったという訳ではなく、徐々に血液循環が悪くなり、食べられなくなりやせて、ますます循環が悪くなり、歩くこともできなくなったという感じでした。3~4ヶ月のあっという間のことでした。

 当時小学5年生だった娘は、毎日病院に通っていました。私には何も言わない父も娘には良く話しをしていたようでした。病院に行っても5分しか時間を作れなかった私の代わりに、娘は良くやってくれたと思います。

 危篤状態になってから2日間、家族に見送られて旅立った父ですが、父も父なりにこの世との決別を葛藤していたように見えました。母の「もういいんじゃない」という言葉に、もうしゃべれなく意識も無さそうに見えた父が首を横に振った姿が印象的でした。『魂は元気でも、もう身体は機能しない』そんなことを感じていました。

 血圧が下がって来ると、看護師さんが昇圧剤の量を増やします。末梢の血流も途絶えた身体を元の状態に戻すことはどんな治療をしたとしてももう不可能です。父の場合、昇圧剤の量を増やしても明日があさってになるくらいの状況なのです。「昇圧剤の量をこれ以上増やす必要ありません」と、私は看護師さんに伝えました。それから半日くらいして、父の魂は静かに徐々に自分の身体から離れて昇って行きました。子供たちが春休みの桜が咲く頃でした。



 「安楽死」というのは、患者さんの命がまだまだ続いていく可能性がある長期的な場面において、患者さんの苦痛と家族の負担との葛藤として起こってくる可能性のあるテーマだと思います。

 

 最近はお医者さんは、急変する可能性のある患者さんについては、事前に家族にどの程度の延命治療を望むのかをはっきりとたずねています。‘人工呼吸器をつけるのかつけないのか’患者さんの年齢や病態にもよりますが、治療方法の選択というのは、患者さん本人だけでなく支える家族にとっても重要で、慎重な判断が求められると思います。

 



父(祖父)の死は悲しいですが、孫である娘の人間性の成長には大きな役割を果たしてくれたように思います。

危険防止の補足 ☆彡

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     危険防止の補足 



 危険防止で、主な項目をあげました。子どもの安全の為に、親はいろいろ気を配る必要があります。

 しかし、いくら気を配っていても、時には親が考えも及ばなかった事を子どもがしてしまう事もあります。そしてそれは、全てが全て事故につながる危険な事では無いかもしれません。子どもの好奇心によるちょっとしたいたずらかも・・。まだ未知の事で、つい手が出てしまった・・という事もあるでしょう。

 

 子どもの年齢に応じた経験や理解力・事の危険度・子どもの受けた被害状況などによって、親の怒り方やその時の対応の仕方を考える必要があります。時には怒ってはいけない事もあると思います。

 

 例えば、離乳食が始まって自分で食べる事を覚えたばかりの子どもが、出来立てのラーメンに手をつっこんだとしても、それは子どもを怒ってはいけないという事です。子どもにとって、ラーメンがとても熱いという事は未知の事であって、子どもは、食べたいという意欲を示しただけなのです。しいていえば熱いものを子どもの前に置いてしまった親の不注意の結果です。これについては、「熱かったね。気づくのが遅くてごめんね。大丈夫?」という声かけと、冷やしてあげるという対応が適当でしょう。

 

 例えば、走っている子どもに「転ばないように気をつけてね。」と言ったけど、転んでしまったとします。これに対する適切な声かけは、「ほら、だからいったでしょう!」では無く、「大丈夫?痛かったね。」です。怪我をして痛いのは子ども自身です。痛いのに怒られたのでは、子どもも堪らないでしょう。



 それから、好奇心がもたらしたかわいいいたずらも、怒る必要はないと思います。



 例えば、我が家の次女は、ハイハイをしている頃に、ビデオデッキに指人形位の大きさのキャラクターの人形をいれて、デッキを動かなくした事があります。修理から、‘こんなのが入っていました’と返って来て、びっくりです。まさに『いつ入れたんだ?』です。お財布は痛いけど、親の管理不行き届き・・と言ったところで、笑い話です。しかもこの頃、同じように2台も壊したんですよ・・。まったく大人は気づかなかったのです。4人育てましたが、こんな事をしたのは、先にも後にもこの子だけでした。ま、かわいいいたずらです。

 

 鼻にプラスチックの子ども用ビーズをつっこんだって、大笑いの種で終わります。・・『取れなかったらどうしよう』と、ちょっとあせったけど・・。



 全部が全部‘ダメ’では無く、好奇心の芽を摘んでしまわない為にも、かわいいいたずらは、肯定してもいいのではないでしょうか。「デッキにおもちゃを入れると、動かなくなるから困るけど、でもよくそんな事を考えついたわね。」・・と。

 

 命にかかわる危険な事、他人に迷惑を掛ける事など以外は、それほど怒らなくても良いと思います。年齢が低いほど、どちらかというと、親の注意不足の方が問題で、危険因子を排除していなかった為に起こる事が多いと思うので・・。





  しかし、怒らなくても、怒っても、一つ一つの事に、‘なぜやってはいけないのか。やったらどうなるのか’をきちんと説明はする必要はあります。この理由を説明するという事が一番大事なのです。



 たとえハイハイ中の赤ちゃんにだって、それをやったらなぜ親が困るのかを説明します。その頃の赤ちゃんは、言葉はまだ言えないけど、親のいう事は少しずつ理解しているのです。‘言ったって解らない’という言葉をよく耳にしますが、‘言わないから解らない’だけなのです。良い事は良いとほめ、やってほしくない事は、その理由もその都度説明してあげて下さいね。



 3歳位まではどちらかというと親の注意不足であって、あまり怒るという事はないような気もします。好奇心を尊重する為にも、子どもの出来る事の範囲を、年齢に応じて、親が見守りながら増やして行きます。



 「危ないからだめ」よりも「これだったらやっても良いよ」を見つけてあげてほしいと思います 

 

 2歳位ではさみに興味を持ちます。3歳位になったら「野菜を切りたい」と言いだすと思うので、その時は、果物ナイフできゅうりなどの切りやすい物で挑戦させてあげましょう。高い所からジャンプするとか、自転車に乗るとか、乳幼児期は親が一つ一つ見守って行きます。







 H19年5月3日、今朝のニュ-スでショッキングな事故の話をしていました。

 ←これは我が家のテレビラックですが、このようなテレビラックには、よく幼児期の子どもはのぼって上に置いてある物を取ろうとするものです。

 今日報道の事故は、テレビラックに5歳の子どもがのぼった時に、テレビがテレビ台から下に落ち、テレビのすぐ前に寝かされていた赤ちゃんにテレビが落ちたというものでした。

 テレビが落ちるなど地震以外に予想もしないことなだけに、非常に痛ましい事故と思います。

 なぜそこに赤ちゃんを寝かせて置いたのか・・。のぼった子どもが赤ちゃんの上に降りる事だって考えられるだろうに・・。

 この5歳の子どもがこれからの成長の過程において、責められること無く、愛情をたくさん受けて育てられることを祈ります。  



2007年10月9日追記

 今日の夕方のニュースで、「家庭用ランニングマシーンを母親が使用していたところに、小学生の子どもが腰掛けようとしてランニングマシーンに手を掛けたところ、ランニングマシーンのローラーに手がはさまってしまった。急いでマシーンを止めたが、手が外れず、救急車を呼んだ。手は外れたが、摩擦熱によって皮膚移植を必要とするくらいの火傷を負ってしまった。」という報道をしていました。

 ランニングマシーンをお持ちの方は注意が必要ですね。壁を背にして行い、子どもの動向から目を離さないことが大事ですね。また、大人が不在の時も子どもがいじらないような配慮が必要ですね。



 今年は、7歳の子どもが、こんにゃくゼリーをのどにつまらせるという事故もありました。小学生でも注意が必要のようです。与えるときには、「よくかんで細かくくだいてから飲み込む」ように声かけをしましょう。また、大人が不在時に食べることが無いように、買い置きはしない方がよいと思います。子どもにも「こんにゃくゼリーは買って食べないように。食べたい時は親に言うように。」話しをしておいた方がよいでしょう。



2009年12月9日追記



★--使い捨てライター



今朝のニュースで、「子どものライターによる火事が増えている」と言っていました。



「最近のライターは、チョコなどのお菓子の形やキャラクターのなど、子どもの興味の引きやすい物になっている。落ちていると拾っていじって火をつけてしまう。」との事でした。



「米国では、ライターは、子どもの力では火がつけられないように作られている。そのようなライターにしてからは、子どもが原因の火事が減少した」との事でした。



空気が乾燥する季節です。ライターやマッチやチャッカマンなどの管理には注意が必要ですね。





★‐‐乳幼児突然死症候群



Medical Tribune(メディカルトリビューン)に、「乳幼児突然死症候群の半数超は親の添い寝中に発生。4分の1はスワドル(おくるみのような毛布)を使用していたことが新たな危険因子の可能性として注目された。」

」[ 2009年12月3日号 New] という記事が載りました。以下、その抜粋です。



「〔ロンドン〕ブリストル大学(ブリストル)乳幼児保健生理発達学地域型医療科のPeter Fleming教授らは,原因不明の乳幼児突然死の半数超は,ベッドやソファで親と添い寝をしているときに発生しており,親の飲酒,薬物使用などと関連している可能性があるとBMJ(2009; 339: b3666)に発表した。」



「Fleming教授らは,リスクの多くは親が添い寝前に飲酒あるいは薬物を使用していたことが原因(31%対ランダム対照群3%)と考えられるほか,ソファで添い寝した場合の死亡率も高い(17%対ランダム対照群1%)ことを明らかにしている。



 さらに,SIDS児の5分の1は枕を,4分の1はスワドル(おくるみのような毛布)を使用していたことが新たな危険因子の可能性として注目された。」

 



「乳幼児突然死症候群(SIDS)という用語は1969年から使用されており,SIDSは突然死した子の親には責任がない“自然死”として分類されてきた。



 それ以来,SIDSの危険因子に関して数々の報告がなされ,今では乳児を寝かせる体位は仰向け,寝かせる位置は両足がベビーベッドの下(feet to foot position)にくるようにし,たばこの煙のない環境に置くことなどが奨励されている。

 しかし,異なる社会や文化の背景を持つ集団で,どの危険因子に関する情報が理解され,受け入れられているかが明らかになっていないことに加え,未知の危険因子や,以前は注目されなかった因子に関する情報はほとんどない。

 そこで同教授らはワーウィック大学(コベントリー)と共同で,2003年1月〜06年12月にイングランド南西部で,出生時から2歳までに発生した全突然死について検証した。」



「 リスクを軽減させるメッセージについては親に浸透しているものもあり,これが継続的なSIDSの発生率減少につながっている可能性がある。しかし,添い寝によるSIDSの大半は危険な睡眠環境で生じている。

 Fleming教授らは‘生後6か月までの乳児を寝かせる最も安全な場所は,親のベッドサイドにベビーベッドを置いて寝かせることである’と述べている。さらに‘親には,生まれたばかりの新生児をソファに置いたまま自身も眠ってしまうような行動は初めから回避するよう勧告すべきである。また,親はどのような状況下にあっても,飲酒や薬物使用後は絶対に添い寝をしてはならないことをあらためて認識すべきである’と述べている。

 オークランド大学(ニュージーランド・オークランド)児童保健研究科のEdwin Mitchell教授は,同誌の付随論評(2009; 339: b3466)で‘SIDSはほぼ予防可能であることがわかっている。そして,保健教育とその推進には親の知識と育児習慣を監視することが重要である’と指摘。‘われわれが既に把握している情報を実践することにより,SIDSをさらに減少できる可能性がある。これからの課題はいかに意識と行動を変えられるかである’としている。」



赤ちゃんをおひなまきにする時は、お母さんの疲労度が高い時のことが多いと思います。イギリスの調査ですが上記のような結果もあるようですので、気をつけて下さいね。



◆◇「いじわる」への見解 ◇◆

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