いっしょに子育て しましょう♪

家庭科が教えてくれるもの☆「痴呆症」「自己肯定感」

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  『教育とはなんだ』 より家庭科が教えてくれるもの

          重松清 氏 著

             1963年岡山生まれ。早大・教育学部卒。

       『ナイフ』で坪田文学賞・『エイジ』で山本周五郎賞・『ビタミンF』で直木賞受賞。



 この本は面白いです。教育について全く知らない私は「へーそうだったんだ!」と思います。



 この夏、甲子園で活躍した早実の斉藤君のお兄さん。弟と2人暮らしの中で、家事もアルバイトも学業もこなしている。TVのインタビューで彼は「これからは弟にも家事を教えて分担して行きたい。」と答えていました。

 私の中の今時の若い男の子のイメージが変わった瞬間ですね。今の多くの男の子が出来るとは思わないけど、‘ちゃんとできる子もいるのだ’‘そういうように育てたご両親もいらっしゃるんだ’という事に感激しました。

 ちょうど今、上記の本の≪家庭科≫の項目を読んでいた所だったので、今の時代の教育とリンクした角度からこの状況が見れて、興味深かったです。

 このお兄さんの‘生活力’ある姿は、暮らしや子育てというもの中で、今後の男性の理想像として捉えられて行くのではないでしょうか。



 家庭科の男女共修が始まったのは、中学1993年・高校1994年で、ごく最近の事。男女共修の流れは、女性サイドからの働きかけに、国連の『女性差別撤廃条約』を日本が批准した事から、1985年男女共修が制度化された。「家庭科というのは、良妻賢母教育だけでなく、‘人が生きる力’を教えていく教科ではないか」と早くに気づいた人たちがその後広め、同時に、教科の中身を男女共修に耐えうるものにして行ったそうだ。

 今の家庭科の内容は、料理・裁縫・掃除といった‘家事’の作法レベルを超えて、高齢化社会をどう生きるか・消費者としての意識をどう高めるか・環境保護にどう取り組むかなど‘市民’教育の範疇にまで踏み込んでいるそうである。



 この本は、著者が教育の最前線で活躍している先生からインタビューする形式で書かれている。ここでインタビューを受けているのは、大阪府立の高校の家庭科教諭南野氏。1992年に『家庭科教育をめざす男の会』を設立し、今も代表世話人をなさっている。元は英語教師。資格を取り直して転身した。家庭科教員の男性の割合は1~2%



 彼が転身したきっかけは、子育てだそうだ。・・「全然分らなくて、今まで偉そうにしていたのが、妻との立場が逆転しちゃった。これはどうも高校で家庭科を習わなかったせいではないか。また妻の言う事にも「ほんとか?」と確かめたくなった。それで家庭科の勉強を始めた。勉強をしてみると、食べ物の事とか、家族の事とか、色んな事に気付かされた。英語の授業で「この単語を覚えろ」とか「これは入試に出る」とか、そんな事よりも大切な教科に思えた。家庭科は「自分はどう生きるか」を考える教科。だから色々なやり方、考え方は紹介するけど、「どれが正しい」「こうじゃなきゃいけない」という事は言わない。自分の考えとは反対の考えも紹介し、あとは自分で決めて欲しいと言う。また、家庭科が扱うのは「生活」。女性の先生が「家事も育児にも男性も参加すべき」と言っても、男性生徒には「そんな事言ってもできないよ」という反発で終わっちゃう恐れがある。でも同じ事を男性の先生が言うと受け止め方が違って来る。」

 「家庭科は、大学に入ると学べない。進学校でレベルの高い大学を目指して日本をリードして行く立場になる生徒にこそしっかりと家庭科を勉強して欲しい。政治家・官僚・企業のトップであったりするのと同時に、生活者であって欲しい。‘暮らし’‘生きる’という視点をきちんと持った上で、それを仕事に生かしてくれればと願う。」

 「本来家庭の中でしっかりと子供たちに、哲学や文化や倫理のようなものを教えて行けば、本当は家庭科を教える必要はないのかもしれない。でも現実的には、現在の家庭は孤立している。他の家庭の状況はつかめない。「こうしておけば間違いないかしら」みたいな不安な思いで家庭生活を営んでいるのではないか。家庭科の授業通して色々な家庭の状況を知って、そこから自分の作る家族を考えて行く・・そういう場になってくれれば良いと思う。」





 

  {ダウン}「痴呆」「自己肯定感」つづく

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体験記入賞作品集より☆2☆ 「A先生と母」

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 『心に残る医療・体験記コンクール第24回入賞作品集』より私の心に残った作品 ☆2☆

 主催:日本医師会/読売新聞 

どの作品も素晴らしいものでした。次は、私も最期の時はこうでありたいと思った作品をご紹介します。(・・一部省略しています)



  「A先生と母」北海道 主婦 58歳 



 千葉に住む母は末期ガンで余命幾ばくもなかった。自宅で最後を迎えたいと希望する母の為、主治医のA先生に相談した。病院と自宅が近かった事もあり先生はやってみましょうとおっしゃって下さった。女医さんだった。急な時でも決して嫌な顔をせず常にやさしく、また適切な処置をして下さる先生に、母は全幅の信頼をよせていた。



 ・・80歳という高齢と末期ガンという事実を母は冷静に受け止めていた。母の意志をくみとり、先生は痛みなど不快な症状に対応するが、・・入院を強要しなかった。多忙を極める勤務の中、時間を作っては顔を出して下さる先生を心待ちにし、母は身だしなみを整え、ベットの上でお花を活けて待っていた。・・先生という心強い後ろ盾があったから母は、死への準備を充分にする事ができた。九州に住むきょうだいを呼び、昔話に花を咲かせ「お世話になりました。ありがとう」とおみやげまで持たせた。好きな卓球は歩けなくなるまで続け、ボケ防止と言って毎日ピアノを弾いた。障子を張り替え、タンスを整理し、かたみ分けも済ませた。入院していたら、どれもできなかったに違いない。

 

 母が最後まで痛みを訴える事無く穏やかだったのは、やはりどんな時でもすぐ飛んで来てくれる先生の存在があったからだと思う。身内がどんなに親身に看病したところでこの安心感は与えられない。・・さらに多忙さを増したであろうA先生。しかしそのようなところは微塵も見せず、明るい笑顔でやって来る。母の手を握り「今日は顔色がいいわね」と言い、母の話をゆっくり聞いている。 



 私は「先生は何か特別な信条をお持ちなのですか?」と聞いてみた。 

「いいえ。何も。ただ私が患者だったらお母さんのような生き方を選択したいと思います。お母さんの選択を尊重します。現在の医療の発達は、昔のように自然に死ぬ事ができなくなっています。終末期に多くの医療を施されるのが当たり前だからです。その結果、患者は苦痛を増し家族と話す事も出来ないまま亡くなります。お母さんの意志は決してわがままではありません。人は生まれた時から自分で意志決定をしながら人生を歩みます。それなのに最も輝いて安らかに締めくくりたい終焉(しゅうえん)を、なぜ自分の意志ではなく家族や医師の手にゆだねてしまうのでしょう」

 

 先生は母の布団をそっと掛け直すと、看護師さんと帰って行かれた。私はしばし電気に打たれたように動けなかった。・・胸がつまった。母がもう起き上がれなくなってから知った事だが、A先生は母が保母として働いていた頃の園児だった。そして今先生のお子さんは、私の弟のお嫁さんの教え子として小学校に通っている。そんなつながりが楽しい話題となり母をずいぶん喜ばせた。先生が地域の人で、コーラスや卓球の仲間と同じように昔話が出来る事は、母にとってはどんなに楽しい事だったろう。・・自分が生きた思い出いっぱいの土地でA先生に見守られて全うする生こそ幸せなのだとしみじみ思った。



 ・・母は、3ヶ月と言われた命をなんと1年3ヶ月も生きた。身体は見る影も無くやせ細っていたが、目は輝いていた。亡くなる数時間前まで話をし、その望み通り「木が枯れるように」スーッと息を引きとった。桜の花弁の散る4月初だった。

「見事でしたね」A先生の言葉の前に私は深く深く頭をさげた。・・・





体験記入賞作品集より☆1☆「アレルギーで得たもの」

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 『心に残る医療・体験記コンクール第24回入賞作品集』より私の心に残った作品☆1☆

 主催:日本医師会/読売新聞 

どの作品も素晴らしいものですが、2つの作品をご紹介します。(・・一部省略しています)



 「アレルギーで得たもの」 岡山県 主婦27歳 



 ・・23歳で息子を授かり、頭に描くものは楽しい子育てばかり。周りの人のように笑顔で家族3人暮らす姿、それが、普通だと思っていました。

 息子が生後1ヶ月の頃、ひどい乳児湿疹で病院通いの日々。薬を毎日塗る生活。・・まったく知らない人から、「うわ、汚いね。気持ち悪い・・」と、人とは思えない言葉を浴びせられ、疲れていた私は、息子を第三者的にみてしまい愛情を持てなくなってしまいました。追い討ちをかけるように、離乳食を始めた頃から湿疹だけでなく、ゼイゼイと呼吸したり下痢が続いたりと頭が混乱する日々になりました。血液検査などでアレルギーと診断・・、母乳をあげている私はアレルギーのもとになる食べ物を食べられなくなり、息子は完全除去法の他に、飲み薬を大量に摂取する事になりました。薬を飲ませる度に涙。離乳食の事を考える度に涙。私は現実の育児に疲れきっていました。

 

 ある時息子は風邪をひき、小児喘息の症状がでたので大きな病院へ行く事になりました。・・・「お母さん、除去なんだね。大変でしょう。若いのに頑張ってるんですね」先生の一言が、枯れた私の心を潤してくれました。涙が溢れてとまりません。私は思いきって除去法に納得していない事、息子への愛情が薄れている事を話しました。限界が来ている私に、「入院して、一度ちゃんと調べてみませんか?」・・「もう嫌です。疲れたんです」・・「大丈夫です。お母さんと息子さんのバカンスだと思ってください。お母さんも休息した方がいいですよ。治療を兼ねたバカンス・・。」私は、心の中でいっぱいの怒りや悲しみでパンク寸前でしたが、休息というものを忘れていた事に気付きました。「よろしくお願いします」息子が9ヶ月になったばかりの秋でした。 

 

 入院生活に不安があった私ですが、本当に幸せな日々でした。・・入浴後の息子に語りかけながら全身体に薬を塗ってくれる看護師さん。息子の笑顔を見て『こんなかわいい顔するんだ』と知りました。息子とオモチャで遊んだり、語りかけたり、抱きしめたりしていると、息子は応えてくれるように初めて「おすわり」をしてくれたのです。情けないけれど、この時出産以来の「愛しさ」を感じました。看護師さんが、・・「2人共、いい笑顔ね」と声をかけてくれた事。それが毎日、心を温かくしてくれました。

 

 心も安定した頃、検査の結果により離乳食もいろいろトライする事になりました。先生のアドバイスで栄養士さんから、息子のためのレシピを沢山教えてもらいました。・・ 私の中で離乳食作りが楽しみになった事は、一番の変化でした。



 ・・退院前の主治医検診の時・・「・・お母さんの今まで頑張ってる姿をみていると、若いお母さんなのに立派だと思います。子供を傷つけない限り、母親失格なんてレッテルを自分につけないで下さい。そして治療方法は選択出来る事を忘れないで下さい。でなきゃ、お母さんも息子さんも苦しくなるからね。」

 先生の言葉を聞いている時、私は感じました。息子の病気はもちろん、私の心も治してもらったんだ・・と。

 私はこの入院生活で、とても前向きな子育てができる自信を得たように思います。今では息子も4歳。月に1度の通院で、アレルギー症状も軽くなり元気に暮らしています。先生、看護師さん、栄養士さんのおかげで母としての私が輝いています。ありがとう。

                                     



『生まれてきてくれて、ありがとう』の本より・・・娘のブログから来てくれる方の為に・・

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   『生まれてくれて、ありがとう』の本より・・娘のブログから来てくれる方の為に・・



 『生まれてくれて、ありがとう』-「いのちの物語」プロジェクト編-この本は、聖路加の日野原先生を初めとしたスタッフが、公募から厳選した‘いのちの誕生にまつわる体験エッセイ’集です。この本のメッセージは、・・・



 「生まれてこなければよかった」となにげなくつぶやいているあなた、「お母さん、どうして僕を生んだの」とたずねたいあなた、「生んでくれなんて頼んだ覚えはない」と声をあらげてしまったあなた、どうぞ、この本を読んでお母さん、お父さんから生まれた時のことを聞いてください。



 子供に対して「もっとがんばらないと・・」が口癖になっているあなた、「そんな子供に生んだつもりはない」と声をあらげてしまったあなた、「どうして、これができないの」と他の子供と比較しているあなた、この本を読んで、お子さんを生んだ時のことを思い出してください。



 あわただしい日々の中で、「ゆっくり」と立ち止まり自分の来し方行く末を、まわりの方々と語り合うきっかけにこの本が役立つことを祈っています。    ・・・です。

             

 一篇を紹介します。

「哀しい言葉」37歳男性



 お前が生まれてもう5年だな。今じゃ弟と妹も出来て、すっかりお兄ちゃんだな。

 この間のお前の言葉。とうちゃんすごく悲しかったぞ。「僕なんか生まれてこなきゃ良かったんだ」・・・少しだけ賢くなったお前がうれしくもあったけど、そんなこと、もう二度と言うんじゃないぞ。かあちゃん泣いていたんだぞ。・・

 とうちゃんな、かあちゃんと結婚する前に言われたんだ。「私、子供できないかもしれない」って。とうちゃんは別に構わなかった。・・とうちゃんはかあちゃんがいればそれで良かったんだ。・・



でもな、かあちゃんは子供が欲しいって思ってたんだ。とうちゃんなんかより遥かにな。かあちゃんな、・・手術しちまえば楽になるのに、子供が欲しいって必死にお腹の痛みに耐えてたんだ。そしたらな、神様が俺たちにチャンスをくれたんだ。・・かあちゃん喜んでたよ。泣きながら喜んでた。もちろんとうちゃんもな。・・

 でもな、その子は生まれてこなかった。まだ早いって神様に言われて、お空に帰っちゃったんだ。かあちゃん泣いてたよ。毎日泣いてたよ。・・



 かあちゃんな、またお腹が痛いのを我慢して、毎日神様にお願いしてたんだ。絶対に幸せにしてみせます。立派な大人に育ててみせます。だから赤ちゃんを授けてください、ってね。



 そしたら意地悪な神様が、もう一度チャンスをくれたんだ。それがお前さ。かあちゃんがんばったんだぞ。ちょっと気を抜くと、神様がお前を連れて行こうとするんだよ。かあちゃん何度も入院してな。その度に、お願いしますって泣きながら神様にお願いしてたんだ。・・

 でもな、神様もかあちゃんに根気負けしてな。仕方なくお前を俺たちに渡してくれたんだ。かあちゃんの勝ちさ。・・お前が生まれてきたのを誰よりも喜んでたのはかあちゃんさ。とうちゃんもうれしかった。かあちゃんに笑顔をくれるお前が生まれてきてくれて、本当に良かったって思ってる。・・

 だから頼む。かあちゃんを泣かさないでくれ。お前が生まれてこなかったら、かあちゃん今でも泣いてばかりで、とうちゃんどうしたらいいか分らないよ。・・もう二度と「生まれてこなきゃよかった」なんて言うんじゃないぞ。そんな言葉、二度と使うんじゃないぞ。・・・・・



 あなた方ひとりひとりにも、このような生まれた時の心温まるエピソードがあります。『生まれてきてくれて、ありがとう』言葉には出さなくても、あなた方のお父さんお母さんもきっとそう思っているはずです。





甘やかす事 ☆2☆ (ーーlll;)

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 甘やかす事 No2



 普段の生活の中で、‘これは甘やかしだな・・’と思うものをあげてみます。



 子どもの欲しいと言う物を何でも買い与える事。

 

 幼児期の子どもは、お店に入る度に何かを買いたがります。デパートに行けばおもちゃ、マックに行けばおもちゃ付きのセット、スーパーに行けばお菓子を欲しいと言います。

 でもここで、どれが必要な物かを見極める事が大切です。必要な物を買い・物を大事にするという姿勢を教え、時には我慢するという気持ちを経験させる事が大切です。



 例えば我が家の場合は、‘働かざる者・・’という理念の下に、お手伝いを快く良くしてくれる子どもには、時にスーパーでの個人的に欲しいお菓子の購買を各100円位許す事があります。デパートでもシールなどの小物の購買を許す時があります。

 でも多くの場合は、お菓子は皆で分けて食べられる物を選ぶようにさせ、同じ物を1人一つずつ買い与える事はありません。皆で分けて食べるという精神を教える事が大事なのです。ゆずりあう時、奪い合う時に経験する気持ちの葛藤も大事だと思います。

 

 金額の大きいおもちゃ(DS・ソフト・ヒーロー系キャラクターのおもちゃ・CD・楽器他)は、誕生日かサンタさんにもらうようにしています。(DSは、学校でのテストの点数が良い事の条件も付いていましたが・・。)



 ただし例外もあります。それは、私の考えは上記ですが、祖母と主人の対応は私とは少し違います。祖母は、スーパーでは各1~2個なら買ってあげるし、主人も子どもと一緒に行動する機会が少ないので、スーパーでの買い物は祖母と同じです。時には金額の高い物も、子どもの成績と経済状況次第では買い与えています。祖母と主人は各々の思う範囲の中で行っています。私と比べたら甘いですが、家族でも役割が違うのだからこれはこれで良いと思います。



 大事なのは母親として、買い物についての自分の育児方針をキチンと持ち、常にその方針に従った行動を子どもにもわかるようにとる事です。「買って!」と泣き叫ばれたとしても、買ってあげないと決めたなら、動じず、他の人の迷惑にならないように抱っこしてその場を離れるなどの対応をとった方が良いでしょう。

 私の場合は、店に入る前に、「今日は買わないよ。見るだけ。」と釘を刺しておきます。泣いても違う場所に行けば、子どもはあきらめて泣き止んでいます。 

 

 最近、息子は「ペットが欲しい」と言います。私は「自分の事が言われなくてもきちんと出来るようになったらね。例えば、朝起こされなくても起きてくる。ご飯もさっさと食べて、流しへ運ぶ。保育園の準備が自分でできる。それから、犬だったら朝夕の散歩を自分で行ける事。トイレの世話やお風呂の世話が出来る事。これらが出来なければ買えません。」今朝6時に起きてきて「自分で起きたからペット買えるね。」と息子。・・「ま、まずは一歩クリアかもね。」



 それから、「学校に行きたくない」と言う子どもに、「欲しい物を買ってあげるから行きなさい」と交換条件で物を買い与える事は、‘逆効果’だそうですのでご注意下さいね。



  子どものわがまま

 

 例えば、最近我が家の息子がしたものには、扇風機を独り占めにする・TVのチャンネルを思い通りにしないと気がすまない・・などがありました。

 もちろん皆に批判され、息子のわがままは通りません。大泣きされてうるさいのですが、それでもだめなものはだめなのです。ささいな事でも一つ一つ教えます。



 親や兄姉を見下したような言葉づかい

  

 うざいや死ね・言われて「何様だと思ってるの!」とムカつく言葉は、注意します。家族の中で、子どもの立場を親よりも上位にしてはいけません。親は子どもの小間使いでもお手伝いさんでもないのですから。

 弟妹を目上の兄姉よりも上位にしてはいけません。(ただし兄姉には、妹弟が尊敬すべき何かが必要です。)

 

 今日も三女が長女の事が気に入らないと、言い合っていました。確かに長女の態度にはムカつくものがあります。しかし長女の方が三女より家でやっている仕事は多いので、我が家では長女の方が偉いのです。三女は長女以上にお手伝いしないと、威張る権利がないのです。どんなにムカついても「ありがとうございます」と感謝していなければならないのです。それが我が家のルールです。



 ゲーム

  

 パソコン・TV・DSなど機械を使って一人で行うものは、キレやすくなる・家族や他人との交流を面倒に思うようになり、孤立しやすい・他の事をする気力が無くなる・視力低下・睡眠不足などの問題が起こる可能性があります。 

 大人も同様ですが、時間制限が必要です。 勉強やお手伝いをゲームよりも先に済ませる習慣やルールを作った方が良いようです。そして子どもも納得して作ったルールは、守らせるという親の姿勢が大切です。



 みだしっ放し

  

 片付けの習慣をつけます。物を大事にする精神と自分でやった事には責任を持つという態度を身に付けさせましょう。片付けが自分で上手に出来る子どもの方が、勉強にも自分で取り組めるようになるようです。



・ 遅寝・遅起き

  

 早寝早起きの習慣をつけます。早い時間に電気を消し、親も一緒に寝ます。そうすれば、「早く寝なさい!」「早く起きなさい!」とあまり言わなくても良くなるはずです。幼児期のうちに習慣をつけておくと、中学生では自己管理できます。    



・ 親の過干渉



 ・子どもがやろうとする前に、手を出さない。時間がかかっても子どもがやり遂げるまで出来れば待つ。

  

 例えば、学校の時間割りでわからない事があった時は、小学校入学してすぐの頃は親がお友達の家に電話して聞いても良いですが、徐々に子どもが自分で聞けるようにしていきます。学校で必要な毎日のしたくは、自分の責任で自分でやれるように教えます。

 

 忘れたら忘れたで、‘その時どう対応すれば良いのか’という学びも大切なので、毎日親がそっと確認する必要はないと思います。『忘れ物が多いと成績表に響くから・・』と学校での評価を気にして、ついつい親は手や口をはさみたくなりますが、そう思うなら低学年のうちが肝心です。低学年のうちはどんな成績表を持って来たって大丈夫です。いっぱい失敗して、学んで、乗り越える事の方が大事なのです。「忘れ物をしたらどうしよう」とびくびくするよりも、「忘れ物をした時はこうするから良いや」と考えられる子どもに育てたいものです。

 そしてその時お世話になった人には、きちんとお礼の言葉が言えて、その事を親に報告できる子どもに育てたいものです。

 

 そこで親として一番大切なのは、お世話になった人にその後に親として挨拶する事だと思います。普段教科書などを見せてもらうくらいなら、会った時にお友達に「いつもありがとうね」くらいで良いし、先生に特別にお世話になったなら、連絡帳に書きます。主事さんにもお世話になったなら、連絡帳と実際に保護者会で行った時にご挨拶して来ます。そういう所が親の責任だと思います。

 

 我が家の次女はこの前の運動会の時に、体操着と上履きを忘れて登校しました。「運動会に体操着忘れるか・・?」と笑ってしまいます。担任の先生が主事さんにお願いして下さって、一緒に家までついて来て下さったそうです。私的には恥ずかしいですが、娘的には良い経験です。(この時の運動会は雨で延期になり、私は午前は仕事に行って不在でした)

  

しかし、 『親力できまる!』親野智可等著 宝島社の「だらしがない子は直せるか?」に書いてあった所には次のように書いてあります。

 「忘れ物をして自分で反省して気をつけさせたいという発想は、至極もっともです。しかし、それはある程度管理能力がある子には有効ですが、そうでない子には逆効果です。このような子の場合は、ほうっておくということと小言を言うということは、効果が無いばかりかマイナスです。…子どもと一緒に持ち物の準備をしたり、慣れてきたら後で確認したりする事が必要です。この能力はなかなか目に見えた向上が見られない場合が多いので、親は気長に行う事が大切。上手にできたり、少しでも向上したと思ったら、認めてあげて褒める事が大切です。…子どもはある日突然伸びることがあります。…」です。忘れ物についての対応は、子どもの性質を見極める必要があるようです。



・いちいち「あれしなさい・これしなさい」と言わない。  



 例えば、服を着ること。暑いから服を脱ぐ・半袖を着る、寒いから1枚多めに着る・上着を持って行くなどの判断は、幼児期(年長)ではもう出来ていて良い判断力です。小学生には自分で判断させましょう。(普段今日は何を着て行くかという判断は、1歳半~3歳児でも出来る判断です。3歳では自分で服の着脱も出来るようになります。)



・ 子どもが自分で考えるよりも先に、「こうした方が良い・こうしなきゃこうなる」と言わない。

   

 自分で考えて行動する事を、やらなくなります。親がいつも考えてくれてお膳立てをしてくれるのを当たり前と思うようになります。それで失敗すると、いつも上手く行かない事は親のせいにする子どもに育ちます。



・ 子どもが答える前に、勝手に親が想像して先走って言わない。

  

 親の想像が間違っていても、いちいち訂正する事が面倒になり、自分の考えを理解してもらわなくても良いと思うようになります。親が思っている子どもと実際の子どもの姿にずれが生じます。



・ 子どもより口数を多くしゃべらない。

   

 必要な会話もしない子どもになる可能性があります。「うん」「いやだ」「お母さんがして」しか言う必要がなくなります。



・ 一度に2つ以上の事は言わない。

   

 子どもが何を言われたのか全部を把握する事は不可能なので、1つの事さえも出来なくなる可能性があります。

・ 何でも母親に聞いて確かめてから行動するという子どもにしない。   



 小2~3年生では、トラブルがあっても自分たちで解決出来る事は解決するという態度を学んで行くようです。自分たちで出来る事と出来ない事の判断力を付けていく時期のようです。



 今のところ考えついた「甘やかし」は以上です。

最後の過干渉は、登校拒否を克服した母の会の本『母さん、ぼく学校へ行けたよ!』を参考にしました。不登校の原因には親の過干渉の育児があるそうです。

子どもの将来の職業の選択肢を狭めない為にも、母親が自分の育児態度に気をつけて、子どもが自分の生きる意味を見出せるよう手助けして行きましょう。









おもらし (。・・。)

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        おもらし 

 



 子供たち各々何回かはしています。でもあまり困ったという記憶がありません。それは多分おもらしをされても、たいして私が負担に感じなかったからだと思います。

 

 子供がおもらしをして、親が困る事って・・怒りたくなる理由って何でしょう

 

 私が困ると思ったのは、カーペットなどの大きい敷物や布団、畳の上などでおもらしをされる事でした。それらの上でされると、拭いたり洗濯したり干したりという後始末が大変なんですよね。だから、おもらしをするならフローリングの上でするように言っていました。そうすれば、私の手間は雑巾で拭くだけで済みます。おもらしをされても、別に腹も立たず、怒る必要も無い訳です。

 

 「おもらしした」と言われたら、「ぬれたのは脱いで洗面所に置いて、タオルでお尻と足を拭いて、そのタオルで床も拭いて、タオルも洗面所に片付けて、服を着て・・」と一つずつ一緒にやって教えます。何回か経験すれば、「どこでしたの?」と位置確認をして、「片付けといてくれれば良いよ」で済んじゃいます。・・自分で着替えが出来ない年齢の子供はこうは行きませんが(着替えも出来ないくらいならおもらしをしても当たり前)、おもらしで怒りたくなるのは、多分自分で着替えもできるようになっていて、昼間はオムツがはずれている3歳半以降の子供だと思うのですよね。・・

 

 でも、年齢を重ねればおもらしなんてしなくなるのですから、「トイレは?」としつこく聞いたり、怒ったりするというのは、情緒的に逆効果のような気がします。多分子供だって自分じゃまだ上手にコントロールできない面があるのだと思います。あせらずに待つ姿勢が必要です。

 

 外出する時は、心配なら紙オムツをして行けば良いのだし、それが嫌だと言うのなら、リュックに着替えを入れて背負わせれば良いのです。

 

 

我が家のおもらしのエピソード(次女と主人の会話)



 次女がまだ3歳の時、主人と登園する朝に、家でおもらしをしたのだそうです。



 それで主人が、「そっちこっちにおしっこするのはかわいくない。」と言ったそうなのです。



 保育園の近くに行ったら猫がいたので、「そっちこっちにおしっこするのは、犬や猫だけなんだぞ。」と言ったら、・・・娘が「でも、犬や猫はかわいいよ。」と返答したそうです。



 主人は後で笑いながら「一本とられた。」と、教えてくれました。



ps.「 トイレトレーニング。o○(。・・。) 」には、おねしょについても書いてありますので、そちらも御覧くださいね。

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