いっしょに子育て しましょう♪

甘やかす事 ☆1☆ (ーーlll;)

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      甘やかす事 No 1 



 子どもが「学校で次のような事があった」と報告したら、親としてあなたはその問題にどのように対応しますか?



 中学2年の子ども。学校新聞の担当になる。数回原稿を担当の先生に提出したが、OKが出ない。ある日その没原稿が教室の黒板にとめてあった。他の生徒が見ていると、先生も来て、原稿についての不評をしている。そこに原稿を書いた子どもが来て、その状況を‘ひどい’と感じ親に話す。親は「子どもが侮辱された」と学校に怒鳴り込んだ・・。  



 

 ここで本来問題だったのは、子どもの文章能力です。もともと人に見せる目的の原稿なのだから、批評を受けるのは当然の事。それをその程度にしか書けなかった所に問題がある訳です。・・でも親が怒鳴り込んだ時には、その原稿は捨てられていたので、親は自分の子どもの能力の事実を知る事は無く、先生も言い訳しなかったと思われます。もう転勤なさったので先生の無念さは想像するのみですが・・。



 これって一種の甘やかしだと思うんですよ。



 ここで大事だったのは、子どもの文章能力を鍛えて、今度は良い評価をもらえる原稿を書かせる事だったように私は思います。いっしょに考えてあげても良かったでしょう。その方が前向きで、子どもの将来の為にも有効でしょう。高校・大学と進む上で文章能力は必要なのですから。 

 それに、この子どもは貴重な経験をしたと思うのです。新聞社や雑誌社で原稿を書く人って、こんなこと日常茶飯事でしょう。ボロクソに言われたってめげずに頑張らなければ、食べて行けない訳ですからね。社会の現実を知る良いチャンスだったのです。

 どうしてこの親はそうした現実を子どもに教えないのでしょう?どうして自分の子どもの問題を‘先生のせい’に置き換えちゃったのでしょうか・・。

 その後もこの子どもは、原稿を仕上げる事は無く、別の生徒が書いたそうです。



 子どもの将来を思うなら、賢い親になりましょう。

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その後の私と息子の意地の張り合い

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   その後の私と息子の意地の張り合い 





 その後も息子は、寝る前にほぼ毎日、麦茶か牛乳を飲んでいる。

なるべく布団に行く直前に飲ませてから移動する事にしているが、それでも時折横になった後に「お茶」と言われる事がある。それと同時に、入浴から寝るまでに時間があると、オムツも取り替える必要が出てくる。(オムツをしていると、息子はトイレに行くのが面倒なので、そのままオムツにおしっこをしてしまうのだ・・。)

 

 ある時、「じゃお茶注ぐからオムツ取り替えてくれる?」と言うと、「うん、わかった」とオムツは自分で取り替えてくれたのだ。その頃には、朝も声をかけるだけで自分でパンツに取り替える事が出来ていたので、息子にとってはオムツを取り替える事は大変な事では無くなっていたらしい。

 

 そしておとといの夜は、「オムツはボクがやるから、ママお茶やって。」と言うので、『お-っ!息子が交渉するという事を覚えた!』と、息子の成長をうれしく思ったのであった。

 

 「ボクはこれをやるから」と、自分の気持ちに折り合いをつけて、他者と協調する。いつもは私に「あなたはこれをやって」と言われて受身だった息子が、自ら行った初めての交渉だったのである。

 

 それから最近は「暑いから」と、ヒエピタを貼って寝たりするのだが、「自分でやって」と言ったら、自分で貼って、しかも半分に切って使っていたので、『お~スゴイじゃん。ちゃんと頭使って考えてるよ!』と思ったのである。

 

 子供というものは、本当に日々成長しますね。でもその成長はほんの小さな事の積み重ねなので、親の気づきの目がないと、気づかずに終わっちゃいますね。それでも子供が素直に育ってくれれば全然問題ありませんし、ここまで読んで下さった皆さんならきっと気づきの目をお持ちになっている事と思います。お子さんのこんな小さな成長を、いっしょに楽しんで喜びましょうね♪





 それから、育児の最終目標は社会での子供のひとり立ちなので、子供のやる気・意欲を大切にしながら、年齢に応じて自分でやれる事を無理なく増やして行くという親の姿勢が大切のように思います。



 今、小学生の不登校についての本母さん、ぼく学校へ行けたよ!(リンクしている「不登校を克服した母の会」で発行している本です。)を読んでいます。まだ途中までしか読んでいませんが、そこにある小学生の不登校の原因は、‘子供の自主性と協調性の不足’のようです。

 

 自分で出来る事は自分でやろうとする意欲・今できない事でもなんとかしてやろうとする意欲を大切にする育児。他者への思いやりや気配りができて、家族・友達・先生などと仲良くできるようにする育児。そういう母親の育児が、自分の子供を不登校にしないために、幼児期に望まれる育児のようです。



 かわいがる事と甘やかす事。この違いを具体的に理解する事も大切ですね。・・ちょっと私の頭の中も整理して、次回はこのテーマで考えましょうか・・。



       その後の息子 



 上記を書いたのは7月(息子4歳)でしたが、今は9月中旬(4歳2ヶ月)で、息子はもうひとりで出来るようになりました。ヽ(^o^)丿

 オムツはお盆前にとれ、寝る直前にトイレを済ませればおねしょする事も無く朝までぐっすり寝ていました。1~2回は夜中に「おしっこ!」と起きた事もあります。夕べは「うんこ・・」と起きられましたが・・。お腹が冷えたのかな・・?

  牛乳もお茶も自分で出来るようになりました。夕べも自分で「ちょっと電気つけて良い?」と言いながらやっていました。

  

  こう成長してしまうと、「も~っ!」って怒っていた日々がなつかしい気もします。こうして少しずつ私の手から離れて行く訳ですね。ちょっと寂しいかも・・。

  

 と、いう訳で・・まだまだ大変でもいつかこのように‘ふっ’と楽になっちゃうものです。今わずらわしいと思っても、こころよく付き合ってあげて下さいね。 







昨日9/18に息子が書いた絵

ズボンの前と後が逆

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   ズボンの前と後が逆 



 娘の参加するバレーボールの試合の応援に、小学校の体育館に行った時の事です。

息子の半ズボンが前と後ろが逆になっているのを見て、他のお母さんが「逆だよ」と息子に教えたのです。でも息子は言われても知らん振りなので、私が「自分ではいたからね」と答え、直す気のない私に、他のお母さん方は「?」というちょっと怪訝な顔をしたのですよね。

 

 私は、『まあ、そうだろうな。一般的には親は恥ずかしいと思って直すんだろうな。』って思ったのです。でも私はそんな事は全然気にしないのです。こういうのを価値観の違いって言うのかなって思います。

 

 私にとって今大事な事は、息子が自分でやるという事。礼儀正しくしていなければならない所に来た訳ではないので、ズボンをはいていればそれで良いというのが、私の考えなのです。

だから例えTシャツを逆に着ていたとしても、保育園や近所に行くくらいの事なら私は直しません。

 だいたい、いちいち自分のやった事を直されたら、自分でやるのが嫌になりませんか?はく前や着る前に気づいて「それ逆だよ」と言うならともかく、やってしまって本人も満足している所に、水を注すのはどうかなって思うのです。

 そのうち自分で気をつけてはくようになるのですから、4歳の今大切なのは、自分で何かをやり遂げるという意欲を大切にする事だと思います。

 それと同時に、親自身自分がこうだと思う事には、他からどんな目で見られようが気にせず、自分の道をつらぬく事なんだな・・と、ささいな出来事ですが思った次第です。



 子供が大きくなると、子育ての視点も変わるので、小さい子供の子育ての視点を忘れてしまいます。町を歩いてる時、子育て中は子供の事が良く目に入るけど、老人介護をしている方には多分老人が良く目に入ると思います。だから私も幼児期の子育てを語れるのは、後3年弱だなと思うのです。

でもできれば、ズボンを逆にはいている子を見た時は「自分ではいたんだね。えらいね。」と、言える大人でいたいとは思いますが・・。



 昨日の朝息子は、何も言わずともすでにズボンを正しくはいていました・・。「おっ!ちゃんと前・後間違えずにはけたね。えらいえらい。」・・あら・・もう解決してしまいました・・。

娘のブログから来てくれる方の為に☆数学を学ぶ理由

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   数学を学ぶ理由 ☆ 娘のブログから来てくれる方の為に 

 

 最近、娘のブログの方からも来てくれる方がいてうれしいです。今日はその方たちの為にも役立つと思うテーマで書きたいと思います。



 今『教育とはなんだ』という本を読んでいます。その中に‘なぜ数学を勉強する必要があるのか’について書いてあって、その見解がとても興味深いものだったので、紹介したいと思います。

 

 数学を学んだ経験というのは、自分の気づかない所で発揮されているらしいです。

 

 例えば、文章を書くこと。・・数学の解る人が見れば、私の文章からも私の数学のレベルが判断できるらしいのです。・・ちょっと・・やばいかも・・。

 

 数学の成績の善し悪しではなく、数学の本質が出来ている人の書いた文章は、雰囲気やたとえ話で丸め込むのではなく、論理で一つ一つ積んでいく感じがあるのだそうです。



 それから、人生においてそれまで経験したことの無い挫折感を味わった時は、数学を勉強した事が、自分の人生を助ける事もあるようです。

 「例えば、50歳のおじさんがリストラされた時。どんどんだめになっちゃわないで、ちょっと踏みとどまる。そして、『今、お金はこれだけあって、家族の状況はこうである。どこが整理できるのか。自分には何が出来るだろう。』と、とりあえず冷静になって箇条書きにしてみる。」この様にできる事が、人生にとってとても大切な能力で、こういう思考過程というのが、数学を学んだ事から得られるのだそうです。

 

 数学はわからないから苦手と言う方もいると思います。でも、「わからない」は悪いことではなく、自分の世界を広げてくれるきっかけになるのだそうです。

 「わかる」ことが、「すぐわかる」から来た時は学びが浅い。「わからない」→「腹が立つ」→「考える」→「わかった」方が深くなる。さらに、「人に話すがわかってもらえない」→「悔しい」→「伝え方を工夫する」「わかってもらえた」の方が、何層にも重なって「深くわかる」につながる。

 だから数学の中でも特に証明問題は、この「わからない」という経験を何度も徹底的にできるので、子供の成長過程にとって、とても大切な事のようです。



 それから、本来の数学の試験の採点方法は、答えが間違っているから×・0点では無いらしいです。途中で計算ミスをして答えが違っていても、考え方の筋が通っていれば数学的にはそれほど目くじらを立てることではない。だからそういう意義を理解し、採点の為の教官を確保できる大学の入試では、途中点がつくそうです。

 マークシート式では無理ですが、記述式であれば途中点がもらえます。記述式の試験では、最後までできなくても、何か書いて出しましょうね。白紙で出すのはもったいないですね。

 

 我が家の主人は、中国の大学入試の時の数学の証明問題を、数式を使わずに全部文章で書いて点数をもらったと言っていました。中国の今の状況はわかりませんが、当時の入試は数学の意義が反映されていたようですね。



 これからは、人生の数々の困難を乗り越えて、自分の道を前向きに進んで行く為に必要な考え方なのだという意識を持って、数学の証明問題に取り組むのも良いのではないでしょうか。



PS. 子供が親の言う事を聞かない時、ついついこんな風に言っちゃいますよね。

「出来ないと思うけど、そんなに言うならやってみなよ。」「自分でやってみて、痛い目にあわないとわかんないよね。」と。

 これは背理法という証明法を用いた考え方なのだそうです。

 あえて誤った前提を認めてから出発して、これだと矛盾が生じるから解けない、やっぱりだめなんだ、と証明していく方法だそうです。

 子育ての姿勢としてこれが良いのか悪いのかはわからないけど・・ついつい言ってしまうのは否めない・・ですよね。



 『教育とはなんだ』という本で数学について上記のようにインタビューを受けて居られるのは、新井紀子氏です(国立情報学研究所)。新井氏は、ネット上で『e-教室』http://www.e-kyoshitsu.org/を開いています。ご興味のある小・中・高校生の皆さんは参加なさってみてはいかがでしょうか。

交渉術☆(●^o^●)

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交渉術を学ぶ ☆子供対他者



 姉妹のいざこざの中で、次女はすぐに手や足を出して事を大きくする。

ある日、「なんでたたくの?」と言うと、「言い返す言葉がすぐに出て来ないんだもん。」と言った。そうなんだな・・と思う。思うけれども、手や足が出るのは困る。たたいたの、たたかれたのと、いざこざがけんかに発展して行ってますますうるさくなる。私は「たたくのではなくて、相手を納得させる良い言葉を考えなさい!」と、言う。けれども子供にとっては、これがなかなか難しいらしい。



 子供が言葉を覚え初めの頃、自分が気に入らない事をされたり言われたりすると、「ばか!」と、言い返していた頃を思い出す。今思えば、これもきっと‘すぐに言い返す為の子供の手段’だったに違いない。



 ばか・死ね・うざい・きもい・・など、言ってほしくない言葉はある。けれども子供がこれらの言葉を発する時は、前述のようないきさつがあると考える。だから幼児期の子供が‘ばか’と言ったとしても、それを頭ごなしに「そんな言葉使ってはいけません!」と言うのはどうなのかな・・とも思うのである。



 「・・と言われていやだったのね。でも‘ばか’というのは、言われて気持ちの良い言葉ではないから、そういう時は、・・・でボクはいやなんだ。そんな事言わないで・・と、言おうね。」などと、その時の子供の気持ちを一旦受け止めてから、こう言った方か良いという方法を教えた方が、効果的のように思う。‘ばか’ではなく、どういう言葉で言い返したら良いのかを具体的にその場面ごとに例を出してあげる。親が普段からそういう事を繰り返していれば、子供の頭にも何かしら‘ばか’以外の言葉がインプットされていて、いざという時に使えるのではないかと思う。



 ‘相手を納得させる為の良い言葉を考える’という作業を身に付けさせる事。多分これは、大人になってからも、人とのコミュニケーション能力としても大切な事で、色々な場面で生かされると思う。医師も弁護士も宗教家もセールスマンも・・他あらゆる職業において必要な能力であると思うし、この能力が優れている人ほどその職業においても良い評価を得るように思う。

 

 だから、賢い子供に育てる為に、子供に良い言葉を教えられるように、親も本を読むなどして勉強していきましょう。



 それから、交渉術のポイントは、イソップ物語の‘北風と太陽’のやり方の違いにあるように思う。太陽のように、暖かい気持ちで人の心を動かせるように、まずは親が手本を示そうではありませんか。



 つづく

 

 

待ちの姿勢

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      待ちの姿勢 



 もう数日で4歳になる息子は、三女が卒園した4月から、‘抱っこ’を要求する事が多くなった。カバンを所定の場所にかけたり、靴をしまう事も自分でやるのを嫌がった。

息子は、それらが出来ない訳ではなく、やりたくないだけらしい。なぜやりたくないのかはわからないが、私がやってあげる事で機嫌よく過ごせるならそれで良いと思い、息子の思いに付き合った。

 3ヶ月が過ぎ、祖母の所に4日お泊りに行き、2日保育園を休ませてもらったその後、突然「おしたくはボクがやるよ」と言った。息子の成長をまた一つ感じた瞬間だった。



 子育ては、あせってはいけない。先を急ぎすぎてもいけない。子供の気持ちに寄り添い、見守り、じっと待つ。お支度のようなこんな日常のささいな出来事にも、親の待ちの姿勢が望まれるようだ。



 この子育ての待ちの姿勢は、正常分娩の第一期の待ちの姿勢に似ていると思う。

子宮口が全開し、児頭がある程度下降するまで、いきむのを待つ。そのタイミングをあせって早くからいきませると、何事もなく安産に経過するはずのお産が、こじれて難産と感じるお産になってしまう。痛みに耐えるこの時期の長さは、人それぞれ違う。短時間で済んでほしいと願うが、一人一人良いタイミングまで待たなければならない。



 精神的にも身体的にも余裕の無い状態だが、それでもリラックスして冷静でいられるように努める分娩第一期。家事や仕事の忙しさの中で、自分を見失わず、子供の無理難題にも耐えて子供の成長を待つ乳幼児期。どちらにも同じ待ちの姿勢が存在するように思う。



 育児もあせって子供の心をこじらせてはいけない。『待てば海路の日和あり』(今は思うままにならなくても、あきらめず、イライラせずに待っていれば、そのうちに幸福がやってくる。)このことわざが、ぴったりはまるかも・・。



「育児で大切な待つという気持ち」by『子どもへのまなざし』児童精神科医 佐々木正美著 福音館書店



 教育とか育てると言う事は、私は待つ事だと思うのです。「ゆっくり待っていてあげるから、心配しなくてもいいよ」というメッセージを、相手にどう伝えてあげるかです。・・

 

 人間の体というのは必ず治る方に行く良くなる方へ行こうとするのです。もちろん老化ということはありますけれど、とくに元気ざかりの子供なんかは、全てのことが必ず、良い方向へ向かおうとしているのです。

 だから、じゃまをしなければ、みんないい子になって、個人差はありますが、子供なりの素質と個性と能力で、みんな発達して行く訳です。ですから、待つという姿勢が出来ましたら、もうこれで、人でも何でも育てることの名人になれると思います。・・待つ事に楽しみや喜びを感じられるようになったら、・・育てるのは上手になりますね。



 ですから、実際の育児や発達や成長は育児書に書いてあるのよりは、ゆっくりめでいいのです。・・なおかつ個人差があって、夜泣きをする赤ちゃんがいたり、あまりしない子がいたり・・その他様々なことに相当大きな個人差があると思います。ですから、親の好みや都合どおりいかない子供がいたって、それはしかたがないのです。



 昔の育児では、誰もあせらなかったですね。子供の言う事を誰もがゆっくり聞いてあげたのです。貧しくてなにもかも不自由だった時代には、育児が思い通りにいかないことぐらいで、親などの保護者はイライラしなかったのです。ところが現代では、多くの事が自由になって、子供がちょっと思い通りにならないと、腹を立てたり途方にくれたりしてしまいます。



 昔はいろんな事が、意のままにならないのが普通で、しかも家族が多かった。ですから、育児をする母親や祖父母達が、子供からいっときも目を離さずに、肌身離さず育てたのですね。・・

 

 子供の要求にぴったり合った事をしてあげたかどうかは別にしても、子供が要求を無視されるなんてことは、ほとんどなかったのです。これが子供の中にどれだけの安心感や、相手に対する信頼感、自分に対する安心感と自信を育てたか・・。



 育児をする上で最も大切な事は、子供に生きていく為の自信を持たせてあげる事です。それには、最大のサポーターであり理解者が親なのだという事が、子供に通じればいいのです。あとはイライラしたり、あせったりしないで、じっくり育児に取り組めばいいのです。



 こちらがあせっていると、子供が大きくなるにつれてもっとあせります。何事もちょっとやってみて、どうもだめそうだと思うと、すぐ変わろうとするようになりがちです。何をやっても自信が持てなくて、成果が上がってくるまで、自分で自分を待てない子になりがちでしょう。ですから成長や発達してくるのを、あるいは、いろんな事が身についてくるのを、こちらがゆっくり待ってあげる姿勢を普段から持っていると、それが子供にも身に付きます。忍耐強さが身に付くと言ってもいいと思います。



 ですから、待ってあげる姿勢は、子供を十分信頼しているという気持ちを伝える事にもなります。このことは子供への愛を、子供に最も分かりやすく伝える事になるのです。

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